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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

資本主義へのぼくの稚拙な思い……

 おはようございます。

 

 時々「人生、辛い思いをしている人もいる」のを知って切なくなります。

 人が生きることと、苦しみはつながっている。

 大勢の人が生きて、争いや、奪い合いや、愛したり、憎んだりして、穏やかでない……そうして生きるしかない世間であったり、社会のシステムなんだろうと思うのです。でも、社会がないと人は生きることが出来ない。

 

 食事をするのも、寝るのも、衣食住すべて、移動するのも、何かのサービスを受けるのも他人がしてくれている。他の人の手がかかっていないものなんかない。

 お米はお百姓さんが作ってくれたものだし、魚を食べられるのも、漁師の人が採ってきてくれるからだ。

 いまでは巨大な組織化された企業が機械を使って効率よく、物を生産し、提供するシステムに変わってしまったけれど……それでも、末端の現場では、人の手が作業している。

 

 誰かのために、誰かが働いている――これはすごいことです。人でしかなしえない協同作業っていえる。

 

 システムに対する批判はたくさんあります。政治では、構造改革がいつも叫ばれているし。

 グローバル資本主義への非難もある。

 資本主義は格差を生みだすシステムだと、ぼくは、思っているのです。

 

 これまで資本主義社会の世間の、底辺で仕事を探して、失業しながら生き延びてきたので、資本主義というものが心底嫌いです。

 以前、ベーシック・インカムが論議されたことがあったけれど、導入される可能性はまだないでしょう。ベーシック・インカムは、国が国民の最低限の生活を保証すること、生きることを、生存を保障することだから……資本主義にとって都合が悪い。

 

 資本主義は賃金奴隷制だから、最低生活を保証するお金が国から出ると、誰も働かなくなる――苦痛な労働はしなくなる、少なくとも、資本主義者はそう考えていると思います。資本市場のシステムのなかで、ある程度の豊かさや利益を受けている階層も、そういう意見になりやすい。税金で怠け者を養うなんてとんでもないことだ、働くという義務を果たさないで、最低限度でも、生活や生存を保護するなんて……権利だけを主張しているだけだ、と。

 

 ぼくは、資本主義が貧困を生み出していると思っています。

 戦争も。争いも……

 資本主義はかっては帝国主義の植民地支配を行い、いまはグローバル化した資本主義に変わっている。世界を一元化した市場にするために、グローバル化という理論が利用されていると考えています。

(間違っているかもしれませんが、素人が考えていることなので許して下さい)

 

 ざっくりいって、資本主義社会では貧困はなくならないでしょう。労働者という庶民の生活が不安定になるような政策を、政治家や経済界が進めるからです。最近では、すべての労働者を非正規雇用にし、安定した雇用から追放することです。そうすれば、失業させるという雇用調整が行なえ、労働者を保護するための経費が削減できる。企業は失業者の面倒は見なくていいのですから、責任がない。

 

 非正規雇用は、一時的に時給が高くても、長期的に見れば、低賃金労働で働いていることになるシステムです。

 とにかく、企業は安い労働力でないと、儲からない。

 原料を安く買い、生産工程を合理化しても、それが究極まで進むと儲けが出てこない。そうすると、最終的には労働力を安く買い叩くか、ひとりひとりの労働強化でしか、儲けは出てこなくなる。

 

 貧困やそれにまつわる悲惨なことはなくなりません。

 貧困は連鎖します。

 

 

 でも、こんな記事を見ると、けっこう、平均では豊かなのか……

 

 社会の現実がどこにあるのか、考えてしまいます。ぼくが貧困化などといっているのは頭のなかの幻想に過ぎないのでしょうか……

 

 若者は収入が低いので結婚できないと諦めている……(しない、のだ、という非婚という新しい生き方を選んでいるのかも知れませんけれど)

 子どもを育てるというのは人生の豊かさに結びつくと思うのですが……ほんとうに豊かな社会なのか、と考えてしまいます。(ぼくが言えることではないですが……)

 

 

        …………      …………

 

 でも、ぼくは、戦後直後の日本が生み出したような、人間の顔をした資本主義があるとも思っています。松下やホンダみたいなやり方の。

 企業家族主義というか……働くことが自分の家族のためであって、同時に会社を発展させるという生きがいがあった、そういう時代を知っています。それは戦後の経済の成長をどう作っていくかを、みんなが考えていたからでしょう。貧困状態から脱したいと思っていたのは、労働者も企業家も同じだった……国全体が、戦後の経済的困窮からぬけ出したいと復興をめざしていたからだと思います。

 矛盾もあるけれど、みんなが同じような意識でいることができた。

 人間って、苦しくても、生きがいが見えるところでは頑張るものです。 

 

 ぼくはベーシック・インカムを理想だと思っているのですが、それはまだまだ来ないでしょう。だからせめて人間的な顔をした資本主義であってほしいと思うのです。儲けるために、冷酷であったり、非情であったりするのは、嫌なのです。

 

 稚拙な論理を振り回してしまいました。m(__)m すみません。

 

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 詩のカードからです。

 

【比喩を目的としてはいけない】

 引用元は忘れたのですが……

「心の叫びを伝えるために比喩を用いたのに、その比喩を作ることが目的となっては、本末転倒だ」

 という文章を覚えています。

 現代詩は隠喩を安易に使い過ぎる……

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。