読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

人が泣くのを、三回、見たこと

 おはようございます。

 大阪は雨が降っています。その分、今朝は暖かいです。

 

 思い出の続きを書きます。といっても、ぼくの勝手な思い出なので、他の人が聞いておもしろいかどうかはわからないんだけれど……聞いて下さい。

 

 ぼくは他人の前で泣いたことはないんです。でも他人が泣いているのは、三回、見たことがあります。それがすごく印象に残っているのです。

 

 それはぼくが天王寺(大阪市の南の下町です)のアパートで暮らしていた19歳の頃――

 当時、ミニコミという自家製の雑志を作るのが流行っていて、ぼくら、梅田地下街で自分でガリ版で刷った詩集など売っていた知り合いが、ミニコミを自分たちで出さないか仲間内で話し合っていたのです。女の子も含めて、4、5人が中心になって。

 

 ところで、ガリ版ってこういうものです。

(リンクさせていただいて感謝します)

 

  いまはこんなキットがあるんですね。

TシャツくんWEBSHOP / ガリ版キット

 

 話がそれてしまいましたが、そのとき仲間だった木戸というぼくよりも1つ年上の男の人は、准看護婦さんだった女の子に惚れていたんですが……その女の子が木戸をふって東京に引っ越してしまったのです。なにしろ青春を絵に描いたみたいな年頃ですから、恋愛はつきものだし……詳しい事情はわからないままなのですが……

 その木戸がぼくの部屋に来ていて安物のトリスウィスキーを飲んでいたんです。なんの話をしていたのか……

……突然、木戸が「電気消していいか」と訊いてきて、裸電球のスイッチをひねって部屋が暗くなったと同時に泣き声が聞こえてきたんです。驚いたし……他人が泣くのを始めて見ました。ぼくは、話しかけることも出来なかったんです。酔って辛さがこみ上げてきたんでしょう。男が泣くのを初めて見て、切ない気持ちになりました。

 

 子ども時代に、泣いている子とかを見たかもしれませんが、覚えていません。近所に友達もいなかったし。

 

 二回目は、沖縄の西表島での話です。いっしょに働いていた大原さんと、石垣島から西表に船で渡ったんです。島の南の大原ではなく、鳩間島から上原に上陸し、干立というところにある知り合いの家に泊まらせてもらっていたのです。そこには店屋は1軒しかなく、人によって売る値段も違う、と笑い話になるくらいで、住む人が少ない部落だったのです。周りは自然しかない、のんびりと時間が流れるところでした。魚を釣ったり、海に潜って貝をとったりして暮らしていました。

 

 ある夜、大原さんと海を見ていたんです。なぜ、そういうことになったかは忘れました。そのときは、これからどうするかなあ、みたいな話をしていたと思うのですが、大原さんの声が聞こえなくなったので、ふと、見ると……声を出さずに泣いていたんです。気づかないふりをするしかありませんでした。

 

 以前お話したように大原さんは長崎県の五島出身で、弘前大学で学んでいたのですが、学生運動から西成の労働者になった人です。大原さんは26歳ぐらいだったから、いまから考えると、自分がこれからどうするか、どうなるのか不安だったのだなと思うのです。大学に入学して家族の期待もあったはずです。そのまま学生を続けていればエリートになれたはずです。すごく思慮深くて、論理的に話すし、丁寧に説明してくれる人でした。

 海を見ているうちに、いろんな思いがこみ上げてきたんだろう――そんな気がして、心がシーンとしました。沖縄という遠いところで作業員をしているのは、自分も同じだったのですが……人生を考えた時に、どうするか、どうなるかわからなかったのです。

 

 それが19歳と23歳の話で、もうひとつは大阪の難波での話です。

 

 ぼくが失業中だった45歳頃のことです。朝方、繁華街の近くを歩いていたのです。冬が近くて寒い日でした。突然、獣のような泣き声が聞こえてきました。見ると、陸橋の下の歩道で、男が大声で泣いていたのです。そばにワンカップの瓶が転がっていて、ホームレスのような服装だったのでそれに近い境遇だったかもしれません。その人が吠えるように泣いていたのです。身悶えするような、訴えるような泣き方を始めて見ました。ぼくは声をかけてあげたかったのですが、どうしようもない、とも思ったのです。それで走るように逃げました。

 

 

 これらが、「他人が泣くところを見た」ことで、記憶に残っていて消えません。

 どうしようもない切実な思いがあるから泣くのでしょうから……それを見るのは衝撃的なことでした。

 いまなら、泣くのもいいことだよ、といえると思うのですが……

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 詩のカードからです。

 

【詩はダブルイメージ】

 ダブルイメージとは、

多義(両義)図形(ダブルイメージ)

 のように二つの意味を含む絵です。

 

ダブルイメージ - Google 検索

 

  以前に上のような絵画を見ていて、視点の変化によってふたつに見えることを、詩に応用できないかと思ってメモしていたものです。

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。