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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

カメラの目のように――" 目は心の窓 "  (詩のカードから)

 おはようございます。

 日曜日の朝はラジオ体操に行く道に車がいません。自動車が走っていないということはすごく静かです。

 ぼくは自動車が嫌いなのです。

 生活の……玄関を開けたらすぐその前を走っているような現実はあるのですが………大阪みたいなごちゃごちゃした所に住んでいるからかもしれませんが。

 ほんとうはすごく危険だし、有無を言わせぬ強引さがある、自動車社会なのです。でも、社会の産業が自動車を生産することで成長、発展しているのだから、どうしようもないのでしょう。

 

 自動車は、人類の近代、最大の発明です。こんなに便利なものはない。

 そのために、毎年、交通事故で何千人もの人が死ぬのですが…… 

 現代社会では、死ぬ人がいるというのは折り込み済みなのでしょう。そのために自動車保険がある。

 統計という考え方だと……死ぬ人がいるリスクよりも、経済の成長とか効率がいいことがプラスなので、自動車が使われ続けると思います。

 まあ、人はいつか必ず死ぬのでしかたがない。社会が豊かになるための犠牲は容認される、ということなのかと……思ってしまうのですけれど。

 

 自動車が嫌いです。あまりにも当たり前に生活の場にあるから。

 

 エンジンで動いて、とっさのブレーキが確実にきかないものは危険だと思うのです。

 よく、コンビニに突っ込むとか、交差点での暴走とかありますし……

 これは「ブレーキペダルの踏み間違え」という人間の仕業にしてはいけない、機械が持つ欠陥のような気がします……たぶん、アクセルペダルとの踏み間違えがあるということは、人間工学的な間違いがあるのでは、と思うのです……

 

 何トンもの重量の機械を、誰でも簡単に動かせるから、自動車は危険をはらんでいる。姿だけ見れば、美しいし、とても危険なものに見えないのですが。

 

 毎年、何千人もの人が死亡する事故に巻き込まれる、ということが、当たり前になっている社会が……変なのだと、ぼくは思っています。

 

 都会に自動車があふれて……渋滞は当たり前になり、事故が当たり前のように報道される交通情報。あまりにも、そういうことに慣れすぎていないか。

(まあ、ぼくが偉そうにいうことでもないかもしれないけれど……)

 

 自動車の製造は、国の基幹産業です。産業の、経済の、元です。

 開発途上国も、どれだけ自動車を利用できるかに、国の発展がかかっています。

 いまの世界では、SF映画みたいに、自動車に変わる乗り物が出てきていませんから、しばらく自動車優先の時代は続いていくのでしょう。

 

 そしてこれを見ると、自動車を使い慣れていない(交通の整備がされていない)……開発途上国のほうが死亡率が高いという傾向がわかります。自動車は、使い慣れていない、まだルールが確定されていない国にとっては、危険で、人間よりも優先される乗り物なのです。

 

 

(……ぼくには、自動車に対する偏見があるのですが……)

 それでも、ひとつの意見として聞いてください。ありがとうございましたm(__)m。

 

 

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【カメラの目のように――" 目は心の窓 "】

 

 問題は――何を書いたらいいか、どう書いたらいいか――わからないこと、です。

 だから、「見よう、見てやろう」という気持で、言葉でスケッチする。

 

 例えば「春」というテーマだと……(春を表すもの)をスケッチする。

 

" 目は心の窓 "――心が感じとるもの、なのです。

 

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。