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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

「展望 現代の詩歌」(2007年)の吉増剛造・解説から 3

 おはようございます。

 

 

展望 現代の詩歌〈第5巻〉詩5

展望 現代の詩歌〈第5巻〉詩5

 

 

 

 P49からは、詩集『大病院脇に聳えたつ一本の巨樹への手紙』(1978年)のなかの移動図書館について解説・分析されています。

  • 深川図書館が舞台になっていて
  • 「川口に、夢の入ってくる、門がある。」この詩句が何度もリフレインされる。

 そして、

この詩は、「夢想」という質のものではない。これから先の時間に広がる、未知への希望に満ちている。この頃の吉増の実験精神は常にこの種の、未来感覚を存在させ、無法こそを書こうとせんとする視線で、捕まえようと試みている。(P49)

 と、分析されています。

八〇年代は「夢」の一語から察せられるように、言わば七〇年代の変化をさらに、このような明るい方角へとはっきりと向けていったように思える。「川口に、夢の入ってくる、門がある。」共に流域をさまよい、それらを共有しようという、コミュニケーションへの欲望が「川」のモティーフに転化した、とみなすことができる。「川」=〈流域〉と、「声」=言葉あるいは詩とは、決定的に密接に結びつくものとなっていることが確認できる。(P49)

 

 それで、

夢の適地、夢の樹木を求めて、私達はさ迷う。

 という言葉から始まる「移動図書館」という詩を引用したいのですが……13ページ、(19行×25字 二段組)の482行(?)の長い詩なので、どこを引用すればわかりやすいか、困ります。

 歩行しながら、記憶の底をたどっていくのです。

 自由に夢想や空想、過去の記憶をたどる……どこにでも翔んでゆく。

 P86の詩行を書き写します。

 

四秒前。

 

東へ行くとき背に夕日が照っていた。焼ける匂いがし

て私の背後はその色に染まった。

 

 私の内部はガラスの廃墟焼跡。口紅をつかっている女

性の姿が映る。

 

 夢のなかで其の人と話すとき私の内部の色は民衆大会

堂? 誰にもいえないような彩りになる。

 

 目覚めよ。泥炭奥所の輝き。

 

 其所は木洩れ日、私は其処を数秒前に通行した。二度

と戻ることはない。

 

 モナハンは何処を走っているのか。

 

 二度と戻ることはない。

 

 私は棒杭、歩行棒、歩いて行った。駒場で線路を渡る

とき、こんなことばかり気になるのはきっと病いなのだ

ろうと思いつつも、線路を渡るとき、枕木のならびかた

と渡る方向が一緒なので、渡る時間が少し速くなる。

 

     時間が少し速くなる。

 

 少し速くなる。

 

 私は一枚の適地。歩く。上流から幾度も幾度も洪水が

襲い、水門は閉じ、水門は開き、窪みは白く波のように

つづいて行った。

           (略)

 

 

 意識の底に降りて行っているのが、よくわかる言葉の群です。

 

 そして、最終部は――

 

 夕暮、私は清澄庭園脇に立つ。少し西洋館風の建物を

とてもいいなと思い、砂地に立ってしばらく眺めた。少

し離れると恋をしているような気持になる。

 

 深川図書館

 

 

 なんか一緒に旅をしているようです。心の記憶の旅。川という領域にがテーマになって……

 劇のようなおもしろさもありますし、ケレン味もある。そこがいいなと思いました。

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。