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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

「続続・吉増剛造詩集」の作品論(松浦寿輝)を読む

 おはようございます。

 

続続・吉増剛造詩集 (現代詩文庫)

続続・吉増剛造詩集 (現代詩文庫)

 

 の目次です。次の詩集から選ばれた詩が掲載されています。

  詩集『熱風』

  詩集『静かな場所』

  詩集『大病院脇に聳えたつ一本の巨樹への手紙』

  詩集『オシリス、石ノ神』全編

  

………………     ………………     ………………     ………………… 

 

「続続・吉増剛造詩集」に載っている作品論、「聴く、縫う、仰ぐ」(松浦寿輝)を読みます。

 

 P144――

吉増剛造」は、場所によって、地形によって、季節によって、天候によって、いろいろな姿で立ち現れてくる。

  そう著者はいい、詩集『青空』の「夕暮、人気のない駅に、サンタフェ鉄道の、Lemy 駅に、私達は立っていた」(「サンタフェ鉄道Lemy 駅」)の最初の行を引用しています。

 

 詩は20字詰めの散文で、

                そこに、

繁みがあり、老シャイアンが座って、いる。

(或いは、彼はそこにはいない。記憶の繁み

があり、老シャイアンが座って、いると)、

と――、聞こえて、来た、とき、秋の或る

晴れた日の、夕暮、人気のない駅に、サンタ

フェ鉄道の、Lemy 駅に、私達は立っていた。

リオグランデ河は、深い亀裂、昔は、インデ

ィアンの子供達が、栗鼠やイタチを追って、

遊んでいた。雪の降る日は、リオグランデ

………

………

と続くのです。数えてみたら全体で150行です。

 

 この詩で特徴的なのは、

               そこに、

繁みがあり、老シャイアンが座って、いる。

(或いは、彼はそこにはいない。記憶の繁み

があり、老シャイアンが座って、いると)、

 という詩句や、

リオグランデ河は、深い亀裂、昔は、インデ

ィアンの子供達が、栗鼠やイタチを追って、

遊んでいた。

 という行が、何度も繰り返されることです。

 

 エッセイから離れて、詩を見てしまったのですが………松浦は、吉増剛造の歩行の詩を、

手を伸ばせは触れられるほどのところに彼は立ち、わたしたちと同じ方向を見つめている。しかし、また、「歩いているのは私だ」「歩いているのは私ではない」という揺れを伴いながらの、『大病院脇に聳えたつ一本の巨樹への手紙』の歩行では、何だか彼はいつでも後ろ姿となってわたしたちの眼に映じているような気がする。(P145)

と、書いています。

 続けて、『オシリス、石ノ神』の「織姫」に言及し、

ここでの彼は、もっとずっと遠いところに見えているようではないか。「山奥」の深い谷に懸かった歩道橋の中ほどのところでふと足を止め、深淵の上に宙吊りになりながらはねてみている「吉増剛造」、それは、はるかな遠景の中の豆粒ほどの人影にすぎない。(P145)

とも、いうのです。そして、

吉増剛造」に伴行するとは、いったいどういうことなのか。

と考えるのです。

 

P146には、

吉増剛造」との伴行を、わたしたちはむしろ聴覚的に体験すべきなのだと思う。「耳を澄ます」ことをめぐって書き継がれた美しい断章集として、わたしたちの手の上に『静かな場所』が置かれているが、「吉増剛造」に伴行するとは、彼と一緒に「耳を澄ます」ことなのではないだろうか。彼の声そのもの、彼の呟きそのものに耳を澄ますのではない。彼と一緒に耳を澄ますのだ。

と書かれています。

 そして、かっては「疾走」する言葉だった詩句が、70年から71年にかけての半年間のアイオワ大学滞在がなにか決定的なきっかけになり、それまでの「(疾走)独白」的な調子がだんだんと影を潜め、「歩行」へと速度を落としていった、と分析されています。

 詩集『静かな場所』の「瞽女さん」という詩を読み、「耳を澄ます」意味を分析されています。

 

 それまでの吉増剛造の詩では………

「見ること」は、恐らく、土地から土地へ、都市から都市へ、河堤から河堤へと、きりもなく移動してゆく水平方向の彷徨と直角に交叉するかたちで、「吉増剛造」を垂直に貫く身振りなのだと思う。(P149)

 

 そして、こう書かれています。

歩きつづける「吉増剛造」が探し求めているのは、一つには一緒に耳を澄ますための場所なのだが、もう一つには空の高みを一気に振り仰ぐための場所なのだ。(P151)

 

 そして著者は、最後に――自分は「霊も神もまったく信じておらず」、「普通の人には見えないものが見える『見者』とやらが詩人であるなら、『詩』などとは縁もゆかりもない者である」といい、

「視界を一気に振りあげる」身振りに漲っている力には、なるほど心を揺さぶられないわけではないけれども、その視線の伸びてゆく先に「神」の貌を見るといった文字通り「神がかり」のロマン主義に共感する途は、わたしにとっては完全に断たれているということだろう。みっともない自己愛からオカルトがかったうわごとのようなことを言い募る「吉増剛造」の亜流たちに対する嫌悪は、年ごとに募ってゆくばかりだ。(P152) 

 と、書いておられます。

 たしかに先人の功績を模倣する二流の詩人がたくさんいると思います。そういうことはよくないでしょう。

 でも、芸術とか、文化はすべて模倣から始まっていると思うのです。真似することを悪いというのは、すこし厳格過ぎるような気もします、誰でも、自分一人で成ったわけでもなく、自分が良いと思うものを手本にして自分を作っているのですから………

 詩は業績でも権威でもない、と思っています。

 素人であっても、好きなら、自由に書いたらいい。

 評価を得たいなら、別ですが………m(__)m

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。