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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

詩集『浮遊する母、都市』(2003年)を読む 1

 おはようございます。

 

浮遊する母、都市

浮遊する母、都市

 

 の、「浮遊する母、都市」という詩を読みたいと思います。

 

 この詩集でも、白石かずこさんの詩の基調であるシュールなイメージは、揺るぎなく、楽しませてくれます。童話風、ファンタジックなものがあったりして、世界の幅が広いです。そのなかでも、この詩はシリアスなほうになります。

 

ある日 庭を散歩していた母が 地上数センチに浮遊し、こちらをふりかえり
あそこに“ライオン・ヘッド”がみえるという
ロッキー山脈北、ヴァンクーヴァーから

毎朝みえていた景色である

 という1連から始まります。

 

 そして場面は急に変わり、武蔵野です。豚たちが歩いています。結婚式にいくというのです。時代の手綱というもの………想像力を縛る手綱は巧妙なケーキや美酒………と、指摘しています。

 

 豚たちの「国家」………商売………の話をする

 花嫁は空を飛んでいます。シャガールの花嫁のように。

 

 母は食事をするときに………「彼女は優雅にフォークとかナイフを使うのを忘れ 箸とかスプーンで荒ら荒らしく食物の山を くずしはじめる 鶯が鳴いているようだ」

 鶯もまた………

 

「あるときから 人間は浮遊し 生と死の境をお花畠のように往き来する」という行を含めた3行の連。

 

 兵士になった男の話。腹に弾を受け、手術を繰り返した………そして、「娼婦は静かに彼に接吻すると もう二度と 戦場へ 浮遊しないように足指と地面の間に粘着テープを張った」

(生の浮遊のことから、戦場のこういうことが連想されたのですね)

 

 母の食事………食べ物を落としてしまう………それをシュールに表現しています。「ご飯をこぼすので 犬たち 孤児たち 飢えた幾百万の霊魂たち 地面にうずくまり 上をみあげ/ご飯が墜ちてくるのを待つ 食べかけの/」

「彼女の指輪の先についていた指も もうすこしでソーセージのように おとしそうになる」

 

 夢の中の母。「家の外に投げ出されたような格好で戸板の上でねているのです」

 

「わたしは電話をする 母が確かに あの病院に いるかどうか 受付の声は しずか」

 

10連は、

 夢のような情景が描かれています。「そこはヨーロッパのちいさな街で 石畳の上をひとびとは さかしまに 過去へ過去へと飛ぶように歩いていく スキップし 浮遊し歩く」

 脳髄の部屋でヴァイオリンが………

「………熱いカレーが/たきたてのご飯と一緒にやってくる/入っていいでしょうか 空腹の部屋は沢山あります どの胃袋でも………」

 非常にシュールなイメージです。

 

11

 猿の仏陀の話です。

 彼女と一緒にコンゴからきた………「剥製になって以来 森ではなく 都市のギャラリーや美しい婦人の傍で ………たびたび汗と香水をかいだ 裸の女をコーフンすることもなく 猿の仏陀は 毎日眺める 彼は彼女の二つの乳首 二つの瑠璃色のよく光る瞳の星を眺める そこでは夜も昼も同じである 死も生も同意語である」という部分を抜き出してみました。

 

12

 狂気の話。

「海がみえ 近くに狂った姉と狂いそうな妹と狂いながら悦楽する夫とその夫を心から愛する狂わずにはいられぬ男とやがて自分が結婚するであろう生まれたばかりの姫をハカリにのせ体重をはかっている男とがいます」

 家………

「都市は破壊され」………浮遊してくる………

 

13

「一ヶ月がたちました 母にながいこと手紙をかきません 巨人国に行ったり 次々とアメ玉のように死の玉が墜ちてくる岩と砂だらけのくにや」

………

 

14

「死と生が ここでよく顔をあわせます」

 ギンズバーグが死んだときのエピソードが描かれています。

「電話ひとつすれば」………と書かれています。「その日以来電話がなりつづける 四十年前の鎌倉の海岸の五月 潮干狩りする人たち うそぶく若い はしゃぐ命たちの交合 かわいいヤモリにオニオン・サラダ クスクスと微笑する少女の片肺にサド 片肺にO嬢 そして心臓をすこしずつ切って架空の祭壇に捧げた」

………

 

15

 一行「勝手に 天へ 浮遊するものよ いや応なく浮遊するものらよ」

 

16

 サッカーをやっている若者たち。

「………その謎の頭脳たち若い心臓たち意志たち 闘争 勝利へのエナジーの大合唱をみよ」

「ワイン ビール チーズ ステーキに集合せよ ああコカコーラ いまやうごかないはずのベッドが浮遊する 母たち 友たち 都市たちをのせ 夢のまにまに 彼女たち 彼らたちを運び ゆらりゆらゆらたわむれているようだが」

 

17

“ライオン・ヘッドはもうみえないわ”という声消え/それでいい 風景すら記憶の召使い」

 ここは最終連なので………呼びかけて、余韻を残して終わります。

「だが きみ 都市よ ただよう先は どこ? スミレ色の惑星の 浮遊する 運命に つける薬は?」

 

 

 記憶の風景と、現実が交じり合い、並行的に語られます。どちらが現実なのか?

 複雑な相を見せている記憶や、夢。

 この詩を読むことで、「幾層にも重なった現実があるのだ」と知りました。

 

  ………………      ………………      ………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。