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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

『白石かずこ詩集』(現代詩文庫28 1969年)から 詩と自伝

 おはようございます。

 

白石かずこ詩集 (現代詩文庫 28)

白石かずこ詩集 (現代詩文庫 28)

 

 を読んでいます。

 

 そこに載っている詩論や自伝がおもしろいので、読んでみます。

 

白石かずこ - Wikipedia

 

 1931年にバンクーバーで生まれ、7歳のときに日本に帰国したときは日中戦争のさなかだったのですが、戦後、1951年(20歳)のときに詩集『卵のふる街』を上梓します。

 

   「卵のふる街」

青いレタスの淵で休んでると

卵がふってくる

安いの 高いの 固い玉子から ゆで卵まで

赤ん坊もふってくる

少年もふってくる

鼠も英雄も猿も キリギリスまで

街の教会の上や遊園地にふってきた

わかしは両手で受けていたのに

悲しみみたいにさらさらと抜けてゆき

        ───略

 

「植物の冷たい血管に卵はふってくる」という行がこの後、3行目に書かれています。

 

 全体を引用したかったのですが、著作権があるので、残念です。でも、ほとんど、これで全体みたいなものです。15行の詩なので。

 

 若い感性です。夢みがちな、メルヘンチックな、詩です。シュールです。ただ、甘くはないです。感性が開放されて広いのです。そう思います。

 

 

 同じ詩集の「ライオンの鼻歌」という詩

わたしは昨日ライオンだったので 密林で

鼻歌をうたってました 夜には

星が一せいにふりだしたので

星の光をふみつけては

いたるところやけどをしました

鼻の頭をすりむいたり

恋で生命をあぶなくこがしたり

………

          ───略

 

 想像力が開放されています。戦後の貧しい世相のなかで、精神的なところは自由なんだ、と思ったのです。文学者の家に生まれたからかもしれません。知識階級という環境のなかで、早熟だった、といえるのです。

 

 最初は普通の詩を書いていたのですが、JAZZ に出会って、また、ビート詩の影響を受けて、長い詩を書き始めます。

 詩集『もうそれ以上おそくやってきてはいけない』の、

       「Now is the time 」

«時は今»

吠えつづてて歌いつづけるオーストン氏の

黒いひたいから 時がいま いまと

こぼれるので

おしゃれな彼のピンクのシャツも全く濡れて

そのズボンの中にしまわれている

2本のチョコレイト色の足が

グレエトデンのように突然 凶暴に

欲情し 床をけり はねはじめるのだ

«時は今»

今 はどこにいてどこに生えてるの? なんていわない彼は

彼はちぢれた髪にこてをあて3センチほどの高さにカールをつくる それが彼の今だ

それに空腹だ

あの子はおれとのダンスをことわった

いまいましい

そしておれのうちの庭であの牝犬は

ろくでもない牡犬の子を生んだ

おふくろからしばらく手紙がこない

        ───略───

 

 この詩は76行あります。

 ジャズの影響が大きい。そこにある対象を歌うという方向になっている。それに題材にブルージーなもの、ジャズを取り上げるようになっていく。

 

 

   ………………      ………………      ………………

 

 P132に「白石かずこのアルバム1・2・3」という自伝がありますので、読んでみます。

1 カナダ

 ヴァンクーヴァー市に生まれた───と書いてあります。カナダの状態───フランス系と英国系に分かれて、雑多な人種が住む街。白系ロシア人、英国人、フランス人、チェコスロバキヤ、ノルウェーアイリッシュ、中国人、インド人………そういうところで白石かずこは育ったのです。最初から世界人なのです。

 その人生の最初の頃の思い出………性の記憶(被害を受ける側の………)

 

2 東京

 白石かずこはチィーンエイジャーになっています。

 新宿───カストリ横丁の店に通っています。

 17歳の時、VOU のグループに入ったこと。文学者たちと親交があったこと。大学から新宿に直行したこと、映画を観たこと。

 

3 JAZZ

 モダン・ジャズ喫茶〈きーよ〉にいたこと。

 ニーナ・シモン、ホーレス・シルバー、マイルス・デヴィス、クリフォード・プラウン、マックス・ローチ………

(その頃、モダンジャズも現れ、ジャズは世界的な流行だったのです)

 

 白石かずこは常に時代の先端にいたといってもいい。そういう、文化人の階級にいた。

 感受性の先端。社会への反抗も、思想も、自分の生き方も、最先端をめざしていた………そしてビート的な、社会に押し潰された感性を自分のものにした。

 それが70年の『聖なる淫者の季節』として結実したのでしょう。

 人が目指すものは、どこまでも、自由だと思うのです。

 

 

  ………………      ………………      ………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。