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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

『聖なる淫者の季節』第七章、15~26連を読む

 おはようございます。

 

 前号の7章14連までは、死の行列のことが描写されていました。

 15連からは転調して、仏陀と呼ばれる男が登場します。恋に新たな展開が始まります。

 

15

「指環をくれてありがとう」………  ……… 

「ピカピカの安物の真実という奴だ」

 

 これは相手の男が喋っているのでしょうか?

 

16

 は、「どちらも マイ・ハート Your ハート/である」の1行。

 

17

 呼びかけです。

おお My love MY heart

My Sweet ……… ………

………

………

マイ・地獄

地獄よりの使者 仏陀

 

18

 仏陀の人物説明の連です。

  • オークランドの生まれ
  • 詐欺師
  • ポンク ピンプ チキンシット ハッスラー
  • あらゆる 非道徳のピンクのカーネーション

「それを胸にさした陽気な 犯罪の香水を常用するリアリストだ」と描かれてあります。

 極端にデフォルメされているのが、おもしろい。

 たぶん、詩に物語的な要素を付け加えるためでしょう。

 

19

は、仏陀とのあれこれです。記憶の出来事。

ときどき

仏陀は 黄色い蝶になり

 「わたしの景色の前を よこぎった」りするのですが、わたしの雲のけはいは変わらない。発芽しない種子と同じ………発酵しているものもあり………聖淫の季節が………

「蜜の声した カナリア男」「この カナリア男の尻は 声にもまして 美しい音楽であった」という表現は、なかなかできない、と思うのです。外国の詩を読んでいるようです。

 

20

 19連は33行あったのですが、20連は7行です。

事件はあった 少々のことである

口汚く なにかといえば

心と心が穴におちてみえなくなるので

fuck me mother fucker

コトバを発射するのである

………

………

 

 

21

「かりそめの姿というのは………何であれ よいのだ」

 たくさんのかりそめの衣裳

 本来の………姿は………聖淫の季節の中で 「シースルーになるからである」

 

 

22

 この淫者の季節。7年はめぐり………はじまったかにみえる………

 

 この連は呼びかけです。

現れ 散り 生まれ

変貌していく かずかずの

にんげんに似たものたち 

  妖怪たち 聖霊たち かげろうたち………草たち 愛たち 憎悪たち

 祈りたち 笑いたち ホコリまみれの誇りたち………

 

わたしは 明日

という空の靴を もうはきはじめる

 

23

すべては

クル・セ・ママなので

わたしは 行くよりしかたがないではないか

この日は

いつだって この日なのだか

  終わりに向かって言葉が発せられます。

 それでもこの連では、マイ地獄は、オーデコロンをふりかけて化粧していて、美しいと歌われているのですが………喩えが、「オマー・シャリフの尻の穴に/ポピーを一本差して アラビアの/風景を飾ったように あ/美しい/の である」と………

 

24

 行く場所を思い描きます。

そこは まったく ホンモノ

砂漠かも知れない

草も一本も生えない

 また、緑の馬がして、緑の風、思想の………肥沃な土地かも知れないと歌います。

 

25

 2行です。

ところを

ところでないところを

 

26

飄々と

ぶっち・キャシディーとサンダンス・キッド風に

太陽をおって おお マイ サンシャイン

右と左に

わたし と マイ・地獄は 別れた

こうして

聖なる淫者のむれは

次なる季節へ

移っていったのである

             (全行)

 

 

 ………………      ………………      ………………

 

 これで7章を読み終わることが出来ました。

『聖なる淫者の季節』という長詩は、詩人の心象の風景を核とした、シュールなイメージを自由に羽ばたかせた詩でした。

 1970年にこういうふうな詩を書くのはスキャンダラスな事だったでしょう。

 セックス、音楽、ゲイ、カウンターカルチャーが描かれているからです。

 何よりも、言葉が自由なのがいいと思いました。

 詩人の言葉で描かれている。

 それまでの戦後詩が持っていた、「考える詩」とか「訴える詩」とか「社会性」みたいなものを超えたところにあると思います。なによりも、朗読のための詩、歌うための詩であろうと思うのです。

 

 白石かずこさんの最初の詩集「卵のふる街」が収録された『白石かずこ詩集(現代詩文庫28)』や82年の『砂族』や、最近の詩集を図書館から借りてきていますので、来週は、それを読みたいと思います。

 また17日に。

 

  ………………      ………………      ………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。