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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

『聖なる淫者の季節』第六章を読む

 おはようございます。

 

 ぼくはこうして詩を勉強するうちに………詩は気軽に書いたらいいし、気軽に書くべきだという気になりました。

「詩人になる」という目標とか生き方を選んだ人は、別なのですが………

 たしかに戦後詩などを読むと真剣で深刻な真理にせまろうとする詩が多いのですが、それはある意味、「道を極める」人のやり方だという気がします。

 

 物事には深刻な面と、いい加減な面とが存在するので………それらが混在しての世間なので、生真面目さを売りにするか、楽天的に考えるかの違いでないかと思ったりするのです。

 

 誰もが名の知れる詩人になれるわけでもないし、その生き方が尊敬されるわけでもないのだと思います。時代によって何かが流行の主流のものとして選ばれているだけではないでしょうか。今では、かっては文学者がもてはやされた時代があった………と、言えるのです。

 いつの時代にも、知識階級は体制を補完するものとしてあるのだと思うのです。

 もちろん、イデオロギーや思想や態度が、反体制的なこともあり、それが格好いいこともあるのですが。それも時代の流れのなかのエピソードに過ぎない。

 過剰に重要視して詩を考えることも間違いだし、軽く考えることも違うと思う。

 

 ぼくは、いまは詩を勉強していますが、いつかは自然に自分が出す言葉を楽しむことができたらいいな、と思っています。

 

  ………………      ………………      ………………

 

 では、6章です。長い10連で出来ています。

 

【第六章】

「狂気は 明け方 はじまった」から始まります。

 ストリート西荻を散歩というには追われるように外を歩いているのですが………電話ボックスで男の泣く声がするのです。それで作者は、男=犬の吠える声を連想するのです。13行目に「男と犬と泣く」とあります。「怒りと哀しみ さみしさと飢え」

 この男が泣くことが、コルトレーンのサックスを思い出させる。

 幻想なのでしょうか? 幻想ともとれる描写です。

 

「桜が咲いていて/雪も降る 4月は/死人の匂いがする」

 ここで描かれているのは、ティナという友達から電話がかかってきて、「踊りにいきましょう」と誘われることです。「イクヤのおかあさんが死んだので」お通夜なのです。それで死の4月に思いを馳せる………

「生きているものは 怖れ 泣くのである/別れ ちぎれ 痛み 破ける」

 

 パーティーの描写。

 女主人はソーメンを食べなさいと、いって、ピアノを弾き続ける。

 この連での素材はソーメンです。ソーメンを食べながら思うこと。

 

「CRAZYよ とマサオはいう」という行があります。

 友人たちのクレイジーな素行が描かれています。

マサオは 男なのに 男がわからないという

わたしは 人間なので 人間がわからない

が 盲目になるほどに

その肉の香りは よく匂い

        ───略

 

(接続の連です)

6月・7月・8月

わたしは狂気の花咲く時間へ

しだいに

……… 

 

わたしは 何も狂っていないよ

だが 男よ

おまえと歩くことにした

    ───略 

 

〈ロスのピンクちゃん〉とか〈甘い歯〉とかいわれているゲイのこと。

「ベッドの中で 女の子みたいに」

───この口髭の女学生。

 

8 

男よ

男らしい男も 女っぽい男も

すべての男というジャイアンツの谷間には

孤独なペニス 黒百合が咲いているのさ

女よ

       ───略

  対句になっています。女も定義されています。

 

「狂気は 馬のように美しいか」の3行です。

 

10

「またしの蜜の男よ/わたしは わたしと/«美味しい»の旅にでかけるでしょう/いま おまえは/〈甘い歯〉でなくて〈甘いスプーン〉だ/すこし 人生のリアル あるいは 真剣の/淵に 前かがみになり」

 と歌われます。

 旅に出ること。蜜を飲み込む姿勢───

 6章は友人たちとの交流の描写でした。

 

 

  ………………      ………………      ………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。