読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

詩の題材について

 おはようございます。

 大阪は昨日は一日中、雨で、今朝も降り続いています。戻り梅雨というらしいです。この時期にはこういうことが当たり前にあったのでしょう。

 

 村野四郎の詩は、1928年から始まる「詩と詩論」が輸入したフランスの超現実主義のモダニズムの詩論の時代に、ドイツの新即物主義をとったことに原点があるのです。

 集英社の『日本の詩16 草野心平 村野四郎』(1979年)の解説の金井直の言葉を引くと………

「詩と詩論」からは、詩に対する新しい考え方を学び、新即物主義からは、事物に対する新しい見方を学んだと、村野は自ら言っている。(P246) 

 

 何をいいたいかというと………言葉に対して、ある態度を選ぶことがないと、思想といってもいいのですが………次の段階に行けないと………世界観が作れないと思うのです。

 

  • 「体操詩集」が刊行されたのは昭和14年。
  • 昭和17年(1942)には『抒情飛行』を出している。

 戦時中に、それまでの新即物主義やモダニズムの詩論に依った抒情は、内部の心象風景として描かれるようになった。『珊瑚の鞭』(1944)はその時代に位置しています。

 時代はすべてのものを同じ色彩にしてしまうのでしょう。そうならざるをえない。

 ひとつの流行が前の時代のものを流行遅れにしてしまうように………

 

 戦争を経て、実存主義的思考に近づいた詩人は、1952年に『実在の岸辺』という詩集を出す。1954年『抽象の城』。1959年『亡羊記』。そこでは存在論的な詩的世界を展開することになる。

 

  ………………      ………………      ………………

 

 ぼくは詩を書こうとする者として、なにを題材にして詩が書かれたのかに興味があります。それでそれを書き出してみることにします。

 

『実在の岸辺』

亡命………新聞紙から知る事件

魚における虚無………魚の缶詰が捨てられること

消息………自分を動かす誰か

花を持った人………鉄の塀が壊れて花びらが落ちていた

歌………歌の形

乞食………乞食の存在

古い村………村の様子

秋の犬………犬。道端の

わが降誕節………運河の

ある時代の午前………庭の午前の風景

苦い論理………自分の状態

小さい庇の下で………庇から眺める

  • 『村野四郎詩集』(思潮社 現代詩文庫1028)にはまだまだ詩がありますが………P40までのモチーフになっていると思われるものを書き出してみました。

 

 

『亡羊記』

詩人の彫像………詩人の彫像の様子

塀のむこう………彼は塀の角を曲がって見えなくなった

空地の群落………空き地の雑草

永遠的な黄昏………鳩はふしぎそうに首をかしげて

夜の運河………運河の様子

青春の魚………鰓から血を流して引き上げられた魚

鹿………鹿はすんなりと立って

変な界隈………ゴミ箱を開けると井戸のように

         (P70まで)

 

 

  ………………      ………………      ………………

 

 ということで、村野四郎にとっては、日常生活の身辺の周りもの、あるいは考えたもの、浮かんだ想念………それらが題材になっています。詩人にとって生活のあらゆるものです。

 

 ぼくは、自分が詩が書けないのは題材を見つける能力がないからと心配していたのですが、題材はあらゆるところにあるとわかるのです。これを見ると、詩人であることは、あらゆるところに詩を発見するから詩人であるのだろうと思います。

 技術の問題でもあるかもしれないけれど、詩を書く態度の問題なんだな、とわかるのです。

 

 また、考えていくと、こういうことがわかりました。

 

 詩は自由なので、どんな題材でもいい。

 空想を書くのもいいし、物語でも、散文でも、短詩でもいい。一行でもいいし、何千行でもいい。

 詩は、言葉との戯れだ、と思うのです。詩は大げさなものじゃないし、構えて書くだけの重大なものでもない。

 そんなふうに感じて、気持ちを軽くしています。

 

 

   ………………      ………………      ………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで、平和でありますように。