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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

『近現代詩を学ぶ人のために』13章を読む

 おはようございます。

【第13章 戦後詩の出発】のまとめ

 

  •  戦後における自身の「生」や「存在」を「現実」の中に映し出し、リズムにながれる「歌う詩」を拒み、「考える詩」を標榜した『荒地』
  • 「四季」派の抒情性を意識し、批判的に継承する「ネオ・ロマンティシズム」を掲げた『地球』
  • 「抵抗詩」「サークル詩」「風刺詩」「国民詩」など、労働の現場に根付いた詩の可能性を、かってのプロレタリア文学を対象化しながら探ろうとした『列島』

 

(1 出発)

戦後最初の詩雑誌は、45年10月に北九州で創刊された『FOU』とされる。小田久郎氏(『戦後詩壇私史』1995年 新潮社)によれば、「壊滅した東京より、焼失から免れた地方都市のほうが印刷事情がよかったから」であり、小田氏の記述にならえば、それに続いた詩誌『詩風土』『現代詩』『高原』『詩人』『母音』『建設詩人』等は、京都、新潟、長野、九州、札幌から印刷発行されていった。そして、詩誌の発行は「46年にはいってから火がついた」とされるように、『近代詩苑』『純粋詩』『新詩派』『詩と詩人』『コスモス』『ルネサンス』『ゆうとぴあ』『四季』(復刊)『VOU』(復刊)等々が書店に並ぶようになった。(P215)

 

「戦後直後の主要な詩誌について」

 

  • この節では『荒地』で活動していく鮎川信夫の詩を引用しながら、分析している。 
  • 戦後の一作目「耐へがたい二重」を1946年7月『新詩派』に発表した。

大きく見らいたうつろな眼の

おとろへた視力の闇をとほして

朧ろに姿を現はすこの髭だらけの死者は誰だらう。 

 

  • 三作の「橋上の人」………一作目は召集後の1943年5月に書かれた。

現実に抗しきれずに流されてゆこうとする肉体的存在としての「あなた」と、絶望の認識者である精神的存在としての語り手とが、二分された自己の様相をになっている。この手法の発見に、鮎川の現実に対する決着の仕方を見ることができ、二作、三作においても、それは変えられることがない。(P216)

  • 48年6月『ルネサンス』に発表された第二作は、50数行からなる第一作に加筆し、120数行の作品となった。
  • 第三作はさらに加筆され、1951年7月『文学51』に8章240行の長詩として発表された。
  • 彼岸へ向う者であった「あなた」は、帰還者となり、自己のうちに生と死の危うい拮抗を抱く人となった。
  • 死を受け入れることの困難が、生を受け入れることの困難へと逆転した。
  • また「死んだ男」も、生と死の耐え難い二重性がテーマ。

 

 

(2 交響する場)

 『「荒地」派詩人による戦争責任論についての一考察』

 

 この時代、若い詩人たちが望んだものは、

  • アメリカへの憧憬………自由、民主主義
  • 思想を作り出すための評論、詩論

 そして47年9月『荒地』が創刊され、『荒地詩集1958』に結実してゆく。それは「現代は荒地である」という認識のもと、「詩」は「生」を賭けた存在であるとの共通の理解だった。

  • 『詩と詩論』を中心に展開されたモダニズム的手法は、従来の言葉の機能を大きく変化させて、意味を排除し、記号として言葉を使った。
  • 戦後の『荒地』の詩人たちには、「言葉の意味の回復」が切実なものになった。
  • 反復や形式や韻律的要素という「言葉の音」を持った「歌う詩」が否定され、イメージや意味として心に残る「考える詩」が主張された。

 

 

(3 主張の季節)

 

  • 秋谷豊主宰の第三次『地球』が1950年に復刊した。
  • ネオ・ロマンティシズム運動が展開された。
  • 「世界観が概念的な生の形だけにとどまっているもの」や「主題の扱い方が政治性を帯びすぎているもの」、に対して個性的な新しいリリシズムを、様々な形で追求したい、とした。
  • 新しい抒情は、社会的な現実というものをいかに内部に定着させていくか。

 

  • 現実そのものを相手にしたのが『列島』(1952.3~55.3)
  • 関根弘を中心に、抵抗詩、サークル詩、風刺詩、国民詩といったものを提起した。
  • 労働者をはじめとする幅広い社会批判から、「詩」を掬い取ってゆこうとした。
  • かってのアヴァンギャルド的要素が考えられたり、現実の社会のなかでの詩の技術的側面に比重が置かれた。

 

戦後詩から、その意味(5) 荒地派の出発点 - 言葉のあや織り

 

戦後詩から、その意味(6) 列島、第三期の詩人 - 言葉のあや織り

 

現代詩/詩論研究会ウェブサイト

 

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 戦後、たくさんの詩誌によって、主張された詩論は、わかりやすいようにまとめるのは難しいようです。それこそ、様々の考え方が展開されたので………

 

 (今回も、多くリンクをさせていただきました。感謝します)

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。