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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

『近現代詩を学ぶ人のために』10章を読む

 おはようございます。

【第10章 モダニズムの言語空間】のまとめ

(1 『詩と詩論』と「詩学」)

  • 1928年9月創刊された『詩と詩論』はモダニズム詩の世界を開示した。創刊時の同人は春山行夫他11名。
  • これは1928年1月に創立された「詩人協会」への反発である。古い世代の詩人たちによって詩壇が制度化されしまうということへの………

 創刊時のラインアップを形成した11名の多くは、1920年代のアヴァンギャルドの時代に登場している。神原泰は未来派の推進者であり、安西冬衛北川冬彦・瀧口武士は短詩運動の担い手だった。飯島正三好達治は『青空』で、上田敏雄は『文芸耽美』で、近藤東・春山行夫は『青騎士』で、竹中郁は『羅針』で、外山卯三郎は『炬火』で、それぞれ頭角を現している。「旧詩壇」の「打破」をもくろむ『詩と詩論』に、地殻変動に関わった詩人たちが組織されたのは当然だった。しかし彼らが集まれば十分だったわけではない。編集レベルでの戦略と、自身の詩法の変革が、ともに必要だった。

 もし「旧詩壇」に「無詩学」というレッテルを貼るなら、自分たちが「詩学」を提示しなければならない。編集者春山はそのために、若手の海外文学研究者を動員して、20世紀欧米モダニズムの翻訳と紹介を精力的に行った。(p167)

 

 新たな「詩学」に基づく作品が、次々と発表された。

『詩と詩論』の目次です。

 

 

 シネ・ポエムについては、このPFDファイルに、

「事象との邂逅────竹中郁の初期詩篇における感覚についての断片的覚書」

 すばらしい分析がされています。

 

 

(2 シュールレアリスムと「絵画」)

 

西脇順三郎 - Wikipedia

西脇順三郎とシュルレアリスムについて - 君がため春の野に出でて若菜摘む。

【魅惑の詩人、西脇順三郎】 

 

瀧口修造 - Wikipedia

 

 

(3 新散文詩運動と「現実」)

  •  『亜』の短詩運動から新散文詩運動へ移行しようとしていたのは、北川だけでなく、安西も瀧口も『詩と詩論』の同人になった。
  • 1929年6月の『詩と詩論』に、北川の「壊滅の鉄道」が掲載される。

 ここで「壊滅の鉄道」と「絶望の歌」を読むことができます。

 

  • それまでの短詩はイメージによって成立していたが、新散文詩では、「構成」することで現実を写しとろうとした。
  • 『詩と詩論』はフォルマリズムや、シュールレアリスムを使った現実を重視する。
  • 1930年、北川らは『詩・現実』を創刊し、袂を分かった。芸術が現実から離れて存在するというのは幻想だと、『詩と詩論』を批判した。

 

(4 シネ・ポエムと「映画」)

  • 近藤東は「シネ・ポエム」(『近代風景』)というエッセイで、「映画詩」を、「映画脚本に依って表現された詩」と説明している。
  • 神原泰「シネ・ポエム試論」(『詩・現実』)で、「シネ・ポエムは文字によって読者に、現実を映画的に構成するひとつのメカニカル・メソッド」であるといっている。この現実は、肉眼で見える現実や、新聞記事で浮かび上がる現実ではない。正確なカメラを通して見える現実である。モンタージュを詩の技法とするとした。
  • 竹中郁は「シネ・ポエムのこと」(『詩神』)で「我々は、映画的イマウジュを頭の中で連鎖し得るようになった」という。カットから場面を、場面から挿話を、構成する。

 

 

(5 ノイエ・ザハリヒカイトと「写真」)

  • ドイツの表現主義への反動として、1920年代半ばに起きたのがノイエ・ザハリヒカイトである。
  • 新しい客観性を憧憬し、今日的な形態に価値を見出す。
  • 日本では村野四郎の『体操詩集』(1939)に代表される。

モダニスト -- 村野四郎

 

近代詩再読 村野四郎

 

村野四郎 3 | 詩のある暮らし Blog

 

村野四郎 鉄棒 ~ 体操詩集より|高井戸の住人のブログ

 

 

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 やっと現代詩の詩論に近づいてきたようです。

 ぼくらが知っている現代詩は戦後詩を経なければ存在できなかったのです。

 

 (リンクをたくさんさせていただきました。感謝します)

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。