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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

『近現代詩を学ぶ人のために』8章を読む

 おはようございます。

【第8章 民衆詩派とその周縁】のまとめ

  • 民衆詩派とは1916(大正5)から大正の末年にかけて栄えた、社会性のある口語自由詩の運動。
  • 大正生命主義が背景にある。

 

(1 詩話会の誕生から分裂まで)

  • 当時の詩壇は『白樺』や『新思潮』が勃興し、少数の詩人がそれぞれの雑誌や集団に割拠する状態だった。
  • 1917年、室生犀星萩原朔太郎の『感情』、川路柳虹の『伴奏』、山宮充の『詩人』の合同合評会として1回目の会合が持たれた。
  • 総結集の結果として『日本詩集』が出された。1919年刊行。42名の詩人の作品を掲載。
  • 翌月、三木露風が同じ傾向の詩人を集めて『日本象徴詩集』(1919)を出した。
  • 1921年に分裂。詩観の違いが表面化して、それぞれの詩誌を出すことになる。
  • 抜けたのは象徴主義系の詩人たちだが、詩話会には民衆詩派がいたし、犀星や朔太郎などもいた。

 

(2 民衆芸術論争と民衆詩派)

 一九一六年八月に本間久雄が『早稲田文学』で「民衆芸術の意義及び価値」を書き、従来の民衆演劇論の枠を広げて、平民を教化するための芸術の必要性を説いたのがその始まりとされている。しかし大杉栄らには、それが極めてブルジョア的に映り、「民衆のためにする、民衆によつてつくられた、民衆の所有する芸術」が説かれ、両者の間に論争が起こった。

 民衆詩派の運動も、こうした論争の延長にあった、と一応は言えよう。しかし彼らの民衆観は、どちらの陣営からもかなり離れていたと言うべきである。(P132)

 

  •  民衆芸術論争のもう一人の論客、加藤一夫の考え方や福田正夫の思想に近かったからである。
  • それは………新しい文化を構築する根源は人間の生命であり、それを追求するものはすべて民衆であり、階級や立場の違いは本質的なものでない、という思想だった。
  • 白鳥省吾は「生命」という視点から人生を眺める点で前者と共通しており、その後、民衆詩派を代表する詩人となる。
  • 民衆詩派が取り組んだのは、生命の自覚を表現することだった。

 

(3 民衆派の詩人[白鳥省吾])

  白鳥は靖国神社遊就館について「殺戮の殿堂」という反戦詩を書いている。ただ『日本社会詩人詩集』(1922)に「大地の愛」という民族を讃える詩も書いているので、どこまで真剣に国家や戦争について考えていたか、疑問である。

 むしろ「生命」をもとにした、人間賛美、自然賛美が本質だった。

 

殺戮の殿堂: そぞろ日記

 

(4 民衆詩論争)

 萩原朔太郎は、白鳥省吾の「森林帯」という詩を、散文に書き直して「散文が詩といへるか」(読売新聞 1922年1月15日~18日)で批判した。

詩は詩である。自由詩は自由詩である。散文ではない。散文にして恣に詩の仮面をかぶり、しかも行列の欺瞞により自ら自由詩と僭する。………

 

  • この論争は、今日民衆詩派を忘れさせる最大のきっかけになった。
  • 民衆詩派が読むに足る作品を生み出していなかった事実である。

 

「白秋と省吾の論争 大正十一年」

 

 

(5 民衆詩派の詩人[百田宗治])

  • 1915年、処女詩集『最初の一人』を刊行。求道的な詩風だった。
  • 『一人と全体』で民衆詩派の代表といわれるようになる。
  • 1925年、『日本詩人』5月号に「所謂民主詩の功罪」を書き、詩のなかに社会意識を入れることの功績をいう一方で、詩の用語の混沌、冗長でリズムのなさなどを批判して、民衆詩派と呼ばれることから離れる。

 

百田宗治 - Wikipedia

 

百田宗治--民衆派詩人−2「地を掘る人たちに」

 

どこかで春が(百田宗治)

   の歌詞を書いた人とは知りませんでした。

 

 

(6 詩話会の終焉)

  •  1926年11月に『日本詩人 終刊号』を出し、解散した。
  • 朔太郎の「詩話会の解散に就いて」では………もともと、『感情』『民衆』『白樺』とその他の集合体だったといっている。
  • 詩語の平明なこと、俗語的現実感を尊ぶこと、詩の精神を近代的自由主義においたことによって共通していた。
  • いまは、犀星は国粋的風流詩風に、惣之助は古典的脚韻詩風に、百田は俳味的心境傾向に、川路は新律格詩論を主張するという自由主義への反動期を迎えている。

という総括をして解散するのである。

 

 

    (リンクさせていただいたサイトに感謝します) 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。