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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

『近現代詩を学ぶ人のために』6章を読む

 おはようございます。

【第6章 象徴詩の展開】のまとめ

(1 象徴詩の基本的な理解)

ギリシア語シュンボロンに起源をもつ「象徴」(symbol)という言葉は、「一つに合わせる」という動詞と、「しるし」という名詞とからできているが、象徴詩を考えるときにはこの語源を踏まえておくことが大切で、多くのヴァリエーションはあるが、基本的には、詩の語り手の内面と、自然をはじめとする外部の事象とを観念や共感覚などによって

「一つに合わせる」、「しるし」としての言葉を意識的に記しているのが象徴詩だと言えよう。だから、象徴詩を読むということは、どのような意図のもとに、どのような方法で、何と何を結びつけようとしているのか、といったことを問わなければならないことになる。(P96)

 

  • ドイツ、イギリス、フランス、アメリカ合衆国………それぞれが、象徴詩のみならず、象徴、象徴主義、という言葉にも多様な定義や解釈を持っている。
  • なぜ、日本でも象徴詩が書かれねばならなかったのか。

象徴主義 - Wikipedia

 

(2 フランス象徴主義などとの繋がり)

 また、他の詩人たち………

 

(3 日本の近代象徴詩の動向)

  •  日本の近代は、1906年薄田泣菫『白羊宮』、1908年の浦原有明有明集』で初期の頂点を極めた。
  • だが、言葉、素材の古さ、文語定型詩であることによって、自然主義の隆盛のなか勢いを失っていく。
  • 新しい書き手は北原白秋三木露風。白秋は1909年に『邪宗門』を出す。青春の若々しい情緒と感覚を、物象による比喩と暗示で、つまり象徴作用のある言葉で書いた。
  • 三木露風は19*09年『廃園』を刊行。

[外国の詩論の影響]

  • 1905年の浦原有明の『春鳥集』の序には、ボードレール万物照応を取り込んで、自然と我との一体を説いている。
  • 海潮音』の序も、ヴィジエ・ルコックの詩論に基いていると思われる────「詩人の観想に類似したる一の心状を読者に与ふる」こと、つまり読者に詩の語り手と「類似の心状を喚起する」言葉を定着したものが象徴詩という考えが書かれている。
  • また、マラルメの詩論────物象の明示ではなく、物象が喚起する幻想、幽玄のなかに象徴詩があるという解釈は、白秋以後の詩人に影響を与えた。
  • 白秋の『邪宗門』の序────自己の内面凝視のうちに見出される〈嗅覚、鋭き神経、ためいき、哀愁、手触り〉という感覚や情緒を、詩の言葉によって暗示することが象徴詩であるとした。

 

(4 後発の日本の近代象徴詩の特色)

  • 1905~09年までの象徴詩は浪漫主義の影響のもとにあった。
  • 1907年より自然主義の影響を受けた口語自由詩や詩論が現れた。
  • 1908年、『明星』が終刊する。『スバル』が刊行されるが耽美色が強いものとなった。
  • 浪漫主義は耽美、デカダンスの形で象徴詩として引き継がれていった。

 

(5 詩史的にみた象徴詩の必然性)

[浪漫主義を深く考えていくと………]

………詩を書く者の内面と外部に在る対象との濃やかな関係であり、これを見なおせば逆に後者が前者の中に心象風景のように入ってきたり、前者を変容させたりすることが起きることにもなる。そうなれば、こういう両者の相互関係にあょては、意識できる情緒、感覚だけが詩を書く者の内面なのではなくて、明確にその内容が意識できない情緒、感覚もそこに発生し,内在することになり、詩はそれらをも表現の対象としなければならなくなる。こうして、情緒や感覚は、それらが個人のうちで単純に発生するものではなく、それら自体が他者との関係において生起し,ときには同じ個人のほかの心的な動きに関わって生起し,生起したもの同士は複雑に絡み合うことがある、といったところまで広げられて認識され、詩はこうした認識を表現しようとしてきたのである。(P104)

 

  •   こうした認識の表現が要求されてきた時期に、日本に象徴詩の翻訳や詩論が紹介された。それが象徴詩の移入期となる。
  • 白秋────明確な情緒の描出よりも、様々な情緒の調和に力点を置いた。幻想を描き出せばよかった。
  • 露風────自然と語り手の陶酔感で幻想を描く。

 

(6 象徴詩の限界と可能性)

  •  三木露風の「現身」は情緒象徴詩の傑作と評価されている。春の自然の情景と、自己の憂愁が一体化、交感している詩の世界を、宇宙に広げたり永遠化しようとしている。
  • その後、露風は、自然や生命に恩寵を与えている存在を描く。
  • それは日夏耿之介の「雪の上の聖母像」にもみることができる。
  • 後発の象徴詩────白秋の「謀叛」では、語り手の憂愁と外面の様子は照応して捉えられている。生理の感覚の部分までとどいている、のが新しい。
  • 大手拓次「魚の祭礼」(1918年)では、幻想レベルの交感を、イメージの変容と音楽で描いた。比喩の過剰さが幻想に導いている。後、大手拓次は自己の身体感覚を際立たせるが、そのことで外部世界との孤立感を深めていくことになる。
  • 1920年前後を境に、交感を表現の基本とする象徴詩は急速に勢いを失っていった。

 

       ………………     ………………       ………………

 

 日本に移植された象徴詩が、日本的な風土のなかで如何に表現されたかがわかった気がします。

 しかし、現代詩の始まりまで行くのは、まだ、時間がかかりそうです。

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。