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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

『近現代詩を学ぶ人のために』1章を読む

 おはようございます。

 

【第1章 西欧の形式と日本の言葉】の要約

(1 唱歌としての詩────音楽の教育と徳育としての音楽)

  • 『小学唱歌集』(1881年刊行)。その後も編纂される。
  • 西欧音楽の音を聴く聴覚を育てること。明治の欧化主義………
  • 「かをれ にほへ そのふのさくら/とまれ やどれ ちぐさのほたる/まねけ なびけ 野はらのすゝき/なけよ たてよ かは瀬のちどり」

 

小学唱歌集

 

 

(2 『新体詩抄』1882年────〈明治の歌〉〈日本の詩〉の試み)

 井上哲次郎の漢文と矢田部良吉の漢文訓読体と外山正一の戯文的文語体の三つの序が揚げられ、この詩集を出す事情と趣旨が記されている。(P16)

「其文雖交俗語。面平平担担。易読易解。」「従来平常ノ語ヲ用ヒテ詩歌ヲ作ルコト少ナキヲ嘆ジ西洋ノ風ニ模倣シテ一種新体ノ詩ヲ作リ出セリ」「我等が組に至りてハ、新古雅俗の区別なく、和漢西洋ごちやまぜて、人に分かるが専一と、人に分かると自分極め、易く書くのが一ッの能」

  • 外国の戦争の詩を紹介した。
  • 西南戦争の「抜刀隊」の歌。

 

新体詩 - Wikipedia

 

(3 賛美歌そして湯浅半月の『十二の石塚』────基督教の歌と叙事の詩)

 モーゼの後継者ヨシュアイスラエルの民を率いてヨルダン河を渡るとき、エホバの「契約の櫃」を率いて河に入った。そのとき白波が立ち分かれ一筋の道が現れ、無事渡ることができた。そこでヨシュアは十二の族から一人ずつ選び出し、「神の今日の恵」を永遠に伝承するためにギルガルの岡の上に石塚を築くことを命じた。(P24)

 

十二の石塚---湯浅半月

 

湯浅吉郎 - Wikipedia

 

 (4 北村透谷────『楚囚之詩』から蝶の詩へ)

『楚囚之詩』は1889年刊行。

「元とより是は吾国語の所謂歌でも詩でもありませぬ、寧ろ小説に似て居るのです。左れど、是れでも詩です、余は此様にして余の詩を作り始めませふ」(P25)

………

會つて我が愛と共に逍遥せし、

楽しき野山の影は如何にせし?

摘みし野花? 聴きし渓の楽器?

あゝ是等は余の最も親愛せる友なりし!

………

………

       (略)

 

 晩年透谷は蝶を詩に詠んだ。「孤飛蝶」は春から夏へと移る蝶で、「われもさびしくこの夏の、たそがれの景色に惑ふてあるものを。」と言い、「われ」と蝶とは同化している。(P27)

 

北村透谷 - Wikipedia

 

青空文庫 作家別作品リスト:北村 透谷

 

       ………………     ………………       ………………

 

 日本独自の詩を生み出そうとした軌跡です。

 詩という新しい文体を、西欧から輸入することで、いずれ七五調から脱していくことになるのですね。

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。