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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

「入門書『詩の作り方』の移り変わり」のまとめ 1 (明治から大正時代)

 おはようございます。

 

 これまでいろんな本を読んできたなかで、詩を書く詩人にとって、「詩をどう考えるか」=詩論、が重要なのだということを知りました。

 詩をどう考えるかということは、どう詩を書くかにつながります。

 詩をどう考えているかは、どんな表現で詩を書くかということになります。

 

 それで、日本に新体詩が輸入されてからの、詩論を簡単にまとめて書かれている本はないかと思っていました。

 

日本文学の百年 現代詩の魅力

日本文学の百年 現代詩の魅力

 

 の、

「第1章 現代詩の歩み────100年」や

「第3章 入門書『詩の作り方』の移り変わり」が適当だと思うので、それをまとめてみたいと思います。

 

       ………………     ………………       ………………

 

「第3章 入門書『詩の作り方』の移り変わり」のまとめ

【1 新体詩の時代】

(詩とは漢詩のことだった)

  • 明治40年の小宮水心『応用新案 漢詩新体詩』では………俳句と和歌を基にして漢詩新体詩を作る方法が書かれていた。
  • 昭和4年、「現代日本詩集 現代日本漢詩集」(改造社)では新体詩漢詩は同等の扱いを受けている。

新体詩がいかにもてはやされていたか)

  • 明治三十年代、藤村の『若菜集』、晩翠の『天地有情』。優れた詩集が誕生した。
  • この頃、新体詩作成自在の入門書が多く刊行された。

 

大和田建樹『新体詩学』(明治32)の内容

  1. 「………古歌なるものは、過去の謂はゆる新体詩なりし」ゆえに、古歌に学べ。
  2. 万葉集催馬楽謡曲の五七音のリズムに学べ。
  3. 長短の句格、段落(節)などを工夫せよ。
  4. 穏やかで簡潔・優美なる言葉を文語か選べ。
  5. 「いいかけ」、縁語、序詞、枕詞などの技巧の必要。例句・略句を多くし、係結びなどの定格は破ること。
  6. 書き下ろしの散文スタイル、行分け・句間空けの工夫。
  7. 「外面に備へたる性質」(形式)と「内部に備へたる性質」(内容)との調和を。

 

 ここでは、まだ、新体詩という独自の形は出て来ていませんね。かっての歌を長編に書くという理解だったようです。

 

 (「レトリック辞典」として)

 山田美沙『新体詩歌作法』(明治35)では………

新年───雪、春───立春、磯菜………、そして夏、秋、冬………と季節ごとの項目が立てられ、俳句の季題に相当する詞(語句)ごとに、詳細にその用例が挙げられる。

 五音の例「かどまつを、がどのまつ………/みどりなる、まつのいろ………」六音の例「まつを立てゝ かどに松を………」七音の例「立てしかどまつ 立つやかどまつ………」など………さらに応用として………(P252)

  これは便利かも………

 まだ、詩を作るということが、和歌や俳句の影響から抜け出ていなかったのです。それがわかるので、抜き出してみました。

 

【2 〈新しい詩〉の時代】

 明治41年には、様々な文章作法本が出たが、河井酔茗『新体詩作法』が出る。その内容は………

  1. 新体詩の発達………藤村・晩翠の全盛期を経て、象徴詩から口語自由詩へ到る詩史。
  2. 物語詩………叙事詩、神話伝説………劇詩のこと。
  3. 詩の解釈………生、死、恋、その他のテーマの詩を評釈。
  4. 詩の形式………自由詩形、言文一致、詩用語などの項目。口語で現代の詩想を歌う詩人として川路柳虹を挙げている。

 

新体詩から〈新しい詩〉へ)

 大正になると新体詩の文字が入門書から消えていく。

 

 大正7年、室生犀星『新しい詩とその作り方』、生田春月『新しき詩の作り方』などが刊行される。

 このあたりから、近代詩、現代詩の呼称が一般化されたと推測されるらしい。

 

(音数律から内在律へ)

 

 室生犀星『新しい詩とその作り方』では、詩を作る態度を問題とした。

  • 正直に見て、正直に感じたままを書けばよい
  • 生きたリズムこそ! 
  • 象徴主義などは批判する。
  • 子供のような明快な表現を支持しながら、近代文明を反映する未来派をを讃えたり、定形のリズムを否定しつつ、「詩から音律を奪うことは出来ない」と言い、抒情詩を詩の本道とする。

 生田春月『新しき詩の作り方』では内在律が登場してくる。

 詩人の呼吸そのもの、心の音楽、つまり〈内在律〉こそ口語自由詩のリズムだ、と説いた。

 

(〈現在〉の自覚)

伊藤信吉は、「一般にいう現代詩は、大正十年もしくは十二・三年ころから具体的な形をとるようになったもので、私はそれより前の年代の作品を近代詩と呼び、それから後を現代詩といっている」(『現代詩の鑑賞』)(P238)

 

大正10年………平戸廉吉「日本未来派運動第一回宣言」

大正12年………「赤と黒」創刊。『ダダイスト新吉の詩』。そして関東大震災の年。

大正13年………宮沢賢治春と修羅

 

 

の潮流もありました。

 

市原礼子 民衆詩派の詩人たち

 

民衆派詩人 -- 白鳥省吾

 

P239から引用します。

………長江・月船『新しき詩の作法』(大正12)中の一章「現代の詩」へ………そこでは野口米次郎、春夫、長江、犀星らにつづいて、新しい個性として大藤治郎、佐藤惣之助尾崎喜八らが紹介され、「ダダイストの詩」「写象主義と未来派」の章へとつづく。

 想像力を詩の本質と見る「詩と科学」、内面的リズム重視の「韻律詩と自由詩」、隠喩・直喩を技巧以上のものと扱う「象徴と比喩」などの諸章にも注目すべきだ。 

 

 この時代にすでに現代詩の持っている問題意識が書かれていたのに驚きます。

 西条八十『新しい詩の味わい方』(大正12)や白鳥省吾『現代詩の研究』(大正13)も刊行されています。

 詩についての問題意識が大いに議論され、それが詩論となり、派閥が形成され、詩の表現を変革していきます。

 

 明日は「現代詩から戦後詩の時代へ」をまとめます。

 

 

…………………………………………………………………………………………………………………………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。