読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

『詩的レトリック入門』を読む────詩の形というもの

【9章 詩型論の試み】のまとめ

 

  戦前においては、佐藤一英などの聯詩(新韻律詩)の運動、戦後はマチネ・ポエティクなどの試みがあった。

中村真一郎「氷る世界」前半部分

時は 渦巻く光の波に

拡がり 星の息づく胸を

新しく いのちに濡らし 日に

仄めく帆に 憧れの船を

 

追ふ────乳房の谷間に遠くの

角笛は薔薇に吸われ 凍る

世界は 今 明るい一つの

焔の中に抱かれて眠る………

 

 三好達治は「マチネ・ポエティクの詩作に就て」(『現代詩論大系』第一巻)で、この作品の第一連だけを引用し、〈波に〉〈日に〉、〈胸を〉〈船を〉の一行置きの脚韻の効果が、いっこうに読者の注意を喚起しないことをあげて、次のように書いている。 

とP312で書き、文章を引用しています。

 由来日本語の声韻的性質が、さういふ目的のためには困った代もので、 単語の一語一語に就て見ても、母音が常に小刻みに、語の到るところに、まんべんなく散財してゐて、常に均等の一子音一母音の組合せで、フィルムの一コマ一コマのやうに正しく寸法がきまってそれが無限に単調に連続する。────かういふ語の声韻上の性質を、言語学の方ではどう呼ぶか、とにかくその点、徹底的に平板に出来てゐる。子音の重積集約が語を息づまらせるといふ障碍作用もなければ、母音の重畳壘加が語の発生をその部分で支配的に力づけるといふ特色もない。

 

       ………………     ………………       ………………

 

 著者は、「短歌や俳句などの定形のリズムは、日本語のリズム自体が、〈等時的拍音形式〉(時枝誠記)を本質としている、ということがある。」と書くのですが………

 P304~327にかけて、七五調や五七調などのリズム、音数律を解説していきます。

 上記の引用もそのなかで行われています。

 専門的な知識的なことが書かれているので、その部分は要約しにくいです。

 

 P318では(3 非定型の詩のフォルム)として、詩のレトリックを考察しています。

  • 誇張表現
  • 対句構成
  • 列挙法

など………です。

 

 結論として、著者はいいます。

 

………詩的レトリックはその規範の在り方をたえず解体し、再生させる運動そのものなのである。もし、詩的レトリックが、規範の在り方において、解体と再生の運動をやめて形式として固定してしまえば、そこにステレオタイプ化した言語表現しか生まれないだろう。(P326)

 

 

       ………………     ………………       ………………

 

 これでこの本を読み終えることができました。

 この本を読むことで、現代詩の比喩、意味の在り方がわかった気がします。しかし、誰がどういう挑戦をしていても………

  けっきょく、自分がどう描くかということなのだと思うのです。

 

 現代詩の詩論は難解です。 普通の、一般の人間には、理論的すぎてわからないことが多いです。これでは文芸の専門家しか詩人になれない気がします。

 

 それでも、詩を読むことが好きなので、いつか詩も書きたい。 

 この本を読んで、詩論というのが詩の表現の背景にある、のだとわかりました。

 明日からは、〈簡単に詩論の流れをたどっている解説書〉を取り上げたいと思っています。

 

…………………………………………………………………………………………………………………………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。