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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

『詩的レトリック入門』を読む────詩的比喩論 5

 おはようございます。

 

(6 肯定性としての喩)

 これまでの流れを要約すると────

  •  戦後詩は体験に基づいた隠喩(=基底的な隠喩)だった。
  • 70年前後に流行った隠喩は、飽和の状態だった。
  • 現在(1993年)はどうなっているのか?

 

 田村隆一のヨーロッパ、吉岡実の超現実、谷川雁の原始共同体、黒田喜夫の飢えた村などのイメージは、彼らが生きている世界や日常性に対しての、否定が契機になっていた。この、反世界という態度は清水昶の土俗性や吉増剛造の古代、佐々木幹郎の官能的美意識にも引き継がれていた。

 

 しかし、その否定の対象であった私たちの生きている現実の世界が、絶えざる解体と変容で、未知のものとなっていたら………そのスピードがはるかに早かったら、「半世界を描く隠喩」が否定され、消費都市の日常の未知が肯定されることになる。

 

 80年前後に登場した女性詩人たちは、きわめて散文的な寓話的な文体で、年の日常における性的な身体や、瑣末な生活の断片を作品として描いたのである。

 

       (P230~233の内容を、ぼくなりに要約してみました)

 

       ………………     ………………       ………………

 

松井啓子「胎生」部分(詩集『のどを猫でいっぱいにして』1983年より)

 みんなが帰ってしまったあとは、午前中と午後と、夜中から次の日まで、子供を産んで過ごした。

 はじめに元気よくカン切りを産んだ。次にセンヌキを産んだ。それから動物の皮膚でできた紙入れと、樹木の枝をたわめて作った寝椅子を産んだ。

 立ちあがってエントツの小さいのを二つ産み、鍵を三つたて続けに産んだ。そのうちひとつは〈変電室〉と記した札がぶらさがり、残りの二つには何も下がっていないので、たぶんその合鍵だろうと思う。その後しばらくは細かいものを産み続けた。それらは順に、乾電池、黒文字、組み立て式ヒゲソリセットだった。

 まとまって丸いものがたくさん生まれた。………

 

  • わかりにくい語句は一つもない。難解な観念性、非日常性、詩的な形容や装飾の言葉を使わない。
  • 寓話の形式を借りられているだけであり、教訓や風刺のメッセージを語っているわけではない。
  • 私たちの身の回りにある日常雑貨や動物を産むという行為の反復。日常的なものを生み続けるという反復の行為が、現在というもののメタファーになっている。

 

 

 

 

伊藤比呂美「きっと便器なんだろう」部分(『伊藤比呂美詩集』1980年から)

抱きしめているとしめ返してきた

節のある

おとこのゆびでちぶさを掴まれると

きもちが滲んで

くびを緊めてやりたくなる

あたしのやわらかなきんにくだ

やわらかなちからの籠め方だ

男の股に股が

あたる

固さに触れた

温度をもつぐりぐりを故意に

擦りつけてきた

その意志に気づく

わたしの股をぐりぐりに擦りつける

したに触れてくびすじを湿らせてやるとしては

わたしのみみの中を舐めるのだ

あ声が洩れてしまう

髪の毛の中にゆびを差し入れけのふさを引く

あ声が洩れる

ぐりぐりの男は

ちぶさを握りつぶして芯を確かめている

い、

と出た声が

いたとともきこえ

いいともきこえる

わたしはいつもいたい、なのだ

あなたはいつもいたくする

 

  • 男女の抱擁、性交の風景で日常的なものが………若い女性の視点で捉えられた官能は、未知として出現する。
  • 詩の言葉が、性の未知にせまった一瞬がここにある。
  • 〈い、〉は〈いたい〉のいにしても、〈いい〉のいにしても、現在の都市生活や身体の欲望の肯定性として現れた隠喩の姿が象徴されている。

 

 それまで詩は常に書き言葉で表されてきた。

 それを80年代の女性詩人たちは、話体の語り言葉の喩に変えてしまった。しかし、隠喩そのものは、その寓話性、物語性の上に表れているわけではなく、それらの言葉の外側にある。

 

(7 全体的な隠喩)               

P240

………現在が未知としてあらわれていたら、それを越えようとすることばは、肯定性としてしか越えられない。その時、未知を越えるなどということがあるのだろうか。ことばはいわば現在の未知の意味に寄りそうことができるだけだ。ことばは再び意味の網の目に回収される。ことばは平凡な意味や日常性の断片を語る。未知の像はそのことばの外側に、隠喩として立たされるのだ。 

 

  ここで著者は体験を持たない未知の像の詩として荒川洋治を引用します。

荒川洋治ウイグル自治区」部分(詩集『水駅』1975年より)

高地のアンソロジィがつづく。すぐれた室外が展開している。テンシャン北路はいまも、官位になびかないするどい標高をしめしている。静かな記憶の傷ひとつ。

 

地誌をよみさしの行人、その足どり。過ぎてゆくもののなつかしい気立てで、死そのものの素性に帰っていけるのだ。一軒の絹屋を辞してから、この国を辞するまでの、風のみち。醒めた由来のぬれかた。

 

懶惰な霧のながれには、多くの音楽を聴きしった無事の感情がしめされている。搬入される久遠。それをむかえるしめやかなジュンガルの盆地。わたしは地形の向きにながれていく。

 

  • ここで描かれているのは、地図あるいはグラビアで見られた、想像された言葉の旅の地誌に過ぎない。
  • 体験の根底を持たない。現在への否定の契機を持たない。
  • ここには〈官位になびかないするどい標高〉とか、〈静かな〉とか、〈なつかしい〉とか、〈醒めた〉〈懶惰な〉〈しめやかな〉という、この作品に流れる気分を示す装飾や形容語が、いわば〈詩的なもの〉の表情として配置されている。
  • 都市の日常の非人称化された感性。

 

 ここで著者は、非人称化された感性が、その視線を大衆社会に向けたら………としてねじめ正一を引用するのです。

 

ねじめ正一ヤマサ醤油」部分(『下駄履き寸劇』1980年より)

………やおら卓袱台にかけ上がり 見上げる奥さんの顔を38文で蹴り上げ いやがり柱にしがみつく奥さんの御御足をばらつかせ NHK体操風に馬乗り崩れてくんずほぐれつする奥さんを 御小水に畳が散るまで舐めあげ 奥さんの泡吹く口元に蝿が止まるまで殴り倒し ずるずると卓袱台にのせ さあ奥さんいただきまあす 満点くすぐる奥さんのコマネチ風大股をひらいて奥さんの性器を箸先でさかごにほじり 食べごろに粘ってきたところで ぼくの立ち魔羅に海苔を巻いて ふりかけをふって 江戸むらさきを塗りたくり 食欲の増進は厚塗りお化粧魔羅を進める性欲の高さできまるのであります 涎のまにまに箸と茶碗をもち直し 山本山の魔羅を振りしごきながらご飯をいただき ………

 

  • ここでやられていることは、ある都市の小市民の家庭の食卓の風景に、誇張された非現実性で発情してみせることであり、劇画的な滑稽さで戯れてみせることである。
  • その意味の等高線を作っているものに未知なものは何もない。〈38文〉キックにせよ、〈NHK体操風〉や〈コマネチ風太股〉にせよ、〈江戸むらさき〉や〈山本山の海苔〉や………小市民のお茶の間に送り届けられる映像の断片やCM商品名に過ぎない。それらをつないでいる等高線に鋭い切断が入ったり、本来つながらない高さや稜線がつながっていたりする、そこにこそ驚きや目新しさがあった。

 

       ………………     ………………       ………………

 

 著者は詩的比喩論のまとめとしてこう書いています。

………寓話性や肯定性としての隠喩は、現在の都市の感性への回路の形式である。六〇年代詩以降のモダニズム系の詩的仮構が、反喩的な構造において、現在との通路を遮断するのは、それから強いられる貧しさに、詩的なものの危地を見出すからにちがいない。メタファーの詩が、現在との生き生きとした回路において、ことばの貧しさを不可欠とするなら、反喩的な詩的仮構は、その現在からの孤立や逃亡を不可避とせざるをえない。(246)

 

 そして著者は次の〈7章 反喩の構造〉に進んでいきます。

 

…………………………………………………………………………………………………………………………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。