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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

『詩的レトリック入門』を読む────詩的比喩論 3

 おはようございます。

 

(4 詩的隠喩について その1 戦後詩の基底)

わたしは詩的隠喩を、意味とのつながりを隠された(消された)像への転移、あるいは意味という根底を失った〈像〉の表現と考えたい。(P214)

 これが著者の考えです。

 そして鮎川信夫が試みた、金子光晴の「子供の徴兵検査の日」の二行の直喩を隠喩に変換する実験を紹介します。

(A) けづりたての板のやうな

    まあたらしい裸で立っている

(B) けづりたての板の裸で立っている

(C) けづりたての裸で立っている

 

 鮎川信夫はA→B→Cを〈意味の変化〉と考えたのです。

 それを著者は、〈未知の像〉として、意味がわからなくても像としてなら思い浮かべられる、というのです。

 

隠喩による〈像〉の創出は、それでしか語りえない〈語り手〉の仮構の意識から、直接に生みだされる。(P216)

 

 そしてこう書きます。

………戦後の現代詩は、詩的隠喩を高度化する過程を登りつめた。その基底を築いた詩人たちが、田村隆一であり、吉岡実であり、谷川雁らであろう。そして、その飽和点を表現した詩人が、清水昶や佐々木幹郎などの詩人である、といちおう言えるかも知れない。ここでわたしの思いつきを先に言っておけば、その飽和以後の詩的比喩は、既に直喩や隠喩とは別のところに展開している。

 

 基底的な隠喩の特色は、それが隠喩でない表現と並存していたり(つまり部分的であったり)、それによって出現せしめられる〈像〉が、体験的な意味との強い対応(つながりではない)をもっているところに示されているだろう。(P217)

       ………………     ………………       ………………

 

田村隆一「秋」部分

繃帯をして雨は曲がっていった 不眠の都会をめぐって その秋 僕は小さな音楽会へ出かけて行った ………

………そこでは眠りから拒絶された黒い夢がだまって諸君一切の武器を引き渡す 武装がゆるされた 人よ 愛せ 強く生を愛せ

 

 アンダーラインの部分が隠喩。平叙文と並存する形になっている。〈繃帯をして雨は〉の語句は〈繃帯をした男が雨の街角を曲がっていった〉という連想を喚び起こすところに、意味との強い対応を感じさせる。

 

吉岡実「過去」部分

その男はまずほそいくびから料理衣を垂らす

その男には意志がないように過去もない

鋭利な刃物を片手にさげて歩き出す

その男のみひらかれた眼の隅ふ走りすぎる蟻の一列

刃物の両面で照らされて床の塵の類はざわざわしはじめる

もし料理されるものが

一個の便器であっても恐らく

その物体は絶叫するだろう

ただちに窓から太陽へ血をながすだろう

 わたしたちはこの詩を読みながら、どこかで平叙的な文脈が反転して、隠喩表現になっていることに気づく。隙間のない隠喩が続くが、それらのイメージの展開から、意味との対応を見失うことはない。

 

谷川雁「商人」部分

おれは大地の商人になろう

きのこを売ろう あくまでにがい茶を

色のひとつ足らぬ虹を

 

夕暮れにむずがゆくなる草を

わびしいたてがみを ひずめの青を

蜘蛛の巣を そいつらみんなで

 

狂った麦を買おう

古びておおきな共和国をひとつ

それがおれの不幸の全部なら

  •  谷川雁の場合は、原始社会における非所有の共和国というモデルが前提にあった。
  • その理想をいまの不幸と交換したいというモティーフがある。
  • それがメタファーを成り立たせている。
  • きのこや、にがい茶や、虹に、それぞれ対応する意味があるわけではなく、全体が象徴的イメージ。
  • だが、体験の痛苦をひそませた意味との対応が出ている。

 

P221

 戦後詩人たちが、初期に獲得した基底的な隠喩は、このうな個性的な在り方のなかにも、体験的な意味との強い対応を持っていた。しかし、戦後社会の変容と共に、やがて、その意味との対応は失われ、隠喩的なイメージだけが自己増殖をはじめることになる。その時からこの喩法は飽和点に近づきはじめた、と言える。 

 

 著者のこの節の結論です。

 これからどうなるのか………

 

…………………………………………………………………………………………………………………………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。