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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

プアプア詩というスタイル

 おはようございます。

 

 このブログは、なにもわからない素人が、先達の詩を読むことで、「こうすればいいのでないか」「こう考えたらいいのではないか」ということを発見するために書いています。

 ぼくと同じように、世の中には、

「どういうふうにしたら詩が書けるのだろう」「どう考えれば、書けるんだろう」 

 と、迷っている人もいると思うのです。

 でも、迷いすぎているのは、ぼくだけかもしれませんが………それでも、自分なりの詩作法を考えていきたいと思っています。

 

 素人なので、詩を誤読したり、間違った考えを書いていたりするかもしれませんが、許していただきたいと思います。また、すでに名を成した詩人の作品を、自分のやり方で引用して、分解したりして解読するので、すごく失礼なことをしていると思いますが、それも許していただきたいと思っています。すみません。

 

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 前の号の〈映像のメタファー〉について、ウィキペディアの解説をリンクしておきます。 

メタファー - Wikipedia

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  鈴木志郎康の詩の特徴は映像的なことです。

 

 そして、映像を軸に考えるなら………

  • 小説や物語りは────映画
  • 詩は────絵画。カット、ひとつのシーン

と、捉えてもいいのではないでしょうか。

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 上の詩の定義に当てはめれば、プアプア詩はシーンよりちょっと長いといえます。短い映画のようです。この短編映画の構成はどうなっているのか?

 

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 多くの詩はひとつのシーンですし、日常的な文脈で書かれています。────行分けされ、詩的暗喩が用いられていても、日常性に依っているのです。

 ですから、風景描写と心理描写に分けることができます。それで、だいたいの構成ができるのです。

 また、逆にも考えることができます。

 モチーフを巡って、〈描写〉と〈心理〉を取り出し、並べれば────初歩的な構成はできると思います。それは、日常と親和性が高い詩は、滅茶な並び方でない限り、読者が、テーマを読み取る邪魔にならないということを意味しています。

 

 つまり、言葉の文脈を無視するようなことをしない限り、言葉の日常性の世界で、詩は構成されている。

 詩は────描写される現実、と、描写する者の意識、の相克です。〈現実〉と〈意識〉です。

 

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 プアプア詩は映画のようです。また、言葉の文脈を破壊している詩行で作られています。

 そのとき、〈現実〉はどう描写されているのか。

 プアプア詩において、現実は(註)によって呼び起こされます。

 

 

4月3日のブログで紹介した「私小説的プアプア」においては………

ポンプの熊平商店の前にすごい美人がいるぞ(5行目)
あらまあ奥さんでしたの

 

広電バスの非常口を使え(註2)(18行目)

 

 これは現実かわかりませんが………

角のところに赤毛の日本女がいる、2本のももが透けている(29行目)

など、です。

 

「作者が描きたかったのは、現実に対して確執と疎外感を持ち、混乱した〈意識そのもの〉だったのかも知れません。そして、それに成功しています。プアプアは現実に対する異化の契機としてあるのでしょう。」

 と書きました。

 ほとんどが作者の意識の混乱の描写なのです。

 詩の設定として、まず〈モチーフである現場〉から始まるのですが、描写はすぐ、作者の意識に向けられます。

 この詩で書かれていたのは、現実は時々、確認されながら、テーマとしては意識の流れがどうなのか、ということのように思います。

 

 あえていえば、プアプア詩は現実を描く詩ではなかったと思います。読者を現実から疎外されている私の意識のほうに引っぱってきて、現実が破壊されているということを逆説的に描写したかったのだ、と思うのです。

 混乱している現実を描くためには、私の混乱した意識を描くしかなかったのだ、と………プアプアはそのきっかけだったのです。

 

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 ぼくは、好きなプアプア詩を何度も読み、どうしてこういう詩が書けるのか、その秘密を見つけ出そうとしました。

 そして、現実の描写をできるだけ少なくして、私の意識だけに集中することで、逆に現実を描いているのではないかと思い当たりました。躊躇することなく意識の混乱をさらけ出す、という表現。

 これは、映画のような、劇のような、あるスタイルなのです。プアプア詩というスタイルなのだと思ったのです。

 

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 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。