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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

鈴木志郎康の詩は映像的

 おはようございます。

 

 ぼくはプアプア詩が好きです。読むと、解放感にあふれた気持になるからです。作者の言葉の遊びの部分に苦いユーモアを感じ、社会常識を破壊するところに爽快感を覚えます。

 ぼくには、詩というよりも〈事件〉です。言葉で体験する事件です。

 そして、作者にとってもそうだったのだと想像するのです。プアプアという処女を発見した鈴木志郎康にとっても、プアプアの世界は、自分の身体を使って猥雑な空想や幻想や妄想が通り過ぎていく体験=事件だったと思うのです。

 

………………       ………………      ………………      ………………

 

 プアプア詩を読む前に、同じ詩集『罐製同棲又は陥穽への逃走』に始めに載っている「壁の中」の部分を引用します。

 

男は壁にそって歩いていた

壁は狂ほしかった

壁には一本の割れ目があったので見ると

白色の広大な地面の向うの隅に小さく

二つの肉体が動いていた

温かそうに

あれは殺し合っているのか

腕を上げて胸をそらしたのは女らしい

あれは快楽の絶頂にあるのか

………

       (部分)

  ここには何かが起きる予感みたいなものが表現されています。すでに、見ながらも、もっと自分の存在を参加させていく予兆みたいなものが感じられるのです。深読みし過ぎですか………

 

 Ⅱ部の最初の詩、「逆転する処女」

 

その日が来るのを私は待っていた

少女が私の股に噛みついたので私は彼女を蹴った

彼女の黒髪は空一杯に拡がっていった

私は生きている言葉を失ってしまって

もう言葉の戦慄に捨てられたのだ

………

 と、始まるのですが………

 空の描写はすぐに脳内の意識の状態に変わってしまいます。

灰の粒子の中に映る

どんな女との関係でもない7号明朝活字との恋を

あらゆる男根を受け入れない性器を持つ細い体を

戦慄の中で

死語のすべての人間関係を絶て

一切の意味を拒絶せよ

………

  そしてこの部屋の………

窓からの光は暖かった

陽光の中に洗濯物を拾い集める娘だった

………

 という具体的な描写は………

私は何の約束もしない細身の活字と結婚する

 というような意識の抽象的描写によって、詩全体がどの場所で書かれているのか、現場性を曖昧にされ────

 少女というのが妄想の産物なのか、幻想を描いているのかわからぬまま、

無言語地帯が六畳の六内面に反射しているから私の皮膚が放電する

畳の上の雑誌の中の人間の写真の中のインキの粒子の中に

住むことになっても

私は驚きはしない

と、書かれて終わります。ページでは52行の詩でした。

 

 具体的には、どうやら、雑誌の写真の少女から空想されたているようです。

 小市民的生活の性欲のイメージと、活字が迫ってくる秩序の意識とのせめぎ合いがモチーフのようなのです。

 

 この詩でおもしろかったのは、抽象的な言葉がオブジェのように使われ、背景的な重さを持っていないことです。

 鈴木志郎康の詩に指摘されることですが、すごく映像的に進行することなのです。映画を見ているよう、といってもいいかもしれない。

 これはプアプアが強烈な言葉を使いながら、映像的なおもしろさで成立していることと関係するかもしれません。

 

 次の詩の「月」

 

始め光のない所で

私に向かって来た

女の尻は片側から光を受けて

二重の月は行ってしまうのか

私は女の腰の中で死にたかった

何度か

私は自分を見分けることもできない闇の中の

恐怖の中に

というのは実は嘘で

明るい高い天井の下で

私は裸体の少女が鏡の前で手淫した

血が顔に昇って私は美しかった

他人に見られない法悦の中の

恐怖の中に

私は死ぬのか

私の乳房は立派に立っていた

立っている二つの男根

手がのびた

………

     (前半部分)

 赤字は詩のなかで線で囲ってある文字です。

 

 この詩は、女性の尻から刺激を受けて、自分が少女になり手淫するという想像と意識を描いたものでしょうが、映像的なおもしろさがあります。鈴木志郎康の詩は、〈私〉を描いても映像的なのです。それが好きです。

 

………………       ………………      ………………      ………………

 

 プアプア詩は、明日、また。

 読んでいただいて、ありがとうございました。