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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

鈴木志郎康-プアプア詩へ

 おはようございます。

 鈴木志郎康さんの詩を読んでいきたいと思っています。

 

鈴木志郎康 | 浜風文庫

  ここに最近の詩がUPされています。

 

 

ペチャブル詩人

ペチャブル詩人

 

  最新の詩集です。

 

 

 鈴木志郎康さんのウィキペディア。ここに詩集を上梓された年が記されています。

 

 

 今日、読むのは、詩集『罐製同棲又は陥穽への逃走』(1967年)の中の「私小説的プアプア」です。

 初めて目にした時は、衝撃的でした。このような詩は、それまでなかったからです。「こういう詩が現れた」とわくわくしたのを覚えています。国語の授業で教わったことのない、それまで知らなかった、詩………

 

 1967年に詩集は出ているのですが、たぶん18歳になる前に読んだと思います。本屋さんで立ち読みして、めまいがするほど興奮していました。自分がいる世界とは違った、遠くて届かない詩人という知識階級で、「こういう詩を書く人がいる」ということに………破壊的な爽快感に酔っていたのです。それほど衝撃的でした。

 

 詩集を買ったのは、もっと後です。たぶん、25歳ぐらいの時に。

 

 始めの行はこれで始まります。

十五歳の少女はプアプアである

純粋桃色の小陰唇

希望が飛んでいる大伽藍の中に入って行くような気持でいると

ポンプの熊平商店の前にすごい美人がいるぞ(註1)

あらまあ奥さんでしたの

プアプアと少女の父親と私との関係は

二役で道路を歩いていると小石が転がっていた

敵だ

敵を殺さなければ平和はないと今朝の新聞に出ていました

これがベトナムの真実だ

………

………

  ここでは空想と日常の意識が交じり合っている………

 文章に(註)が挿入されて、これは8まであるのですが………註がつけられることで、「現実」が詩に割り込んでくる。ポエジーの世界を侵食するんです。メタフィクションを成立させる実験です。現実世界を詩的に捉えようとする詩に対して、現実の日常性が問いかけてくる………

 

 

 何も知らない20歳前後の自分は────作者がプアプア詩を書く意味がそういうことを狙っていたのも知らずに、ただ、「おもしろい詩だ」と感じていました。

 いまでは、歳をとって、多少、わからないということがわかる、ようになりました。

 

またひとりプアプアが私の方に向かって来る

遂にプアプアが私の方に向かって来る

私はオーロラに包まれている

私は純粋ももいろに射精する

プアプアちゃん行っちゃいや、ああ私の天使

それなのに教授は腕をひっつかんで大英博物館へ連れて行ったのだ(註3)

 (註3)によると、広島テレビで放送された映画「泥棒貴族」の場面だそうです。日常にあった記憶が詩の世界に入ってきているんです。

 

 と、ここまで書いてきて………「プアプア詩」で検索すると こういうサイトが出て来ました。

[流体枷仔] 鈴木志郎康『罐製同棲又は陥穽への逃走』「売春処女プアプアが家庭的アイウエオを行う」小考

 ぼくが考えるより、この文章をじっくり読んだほうが、分析が確かです。サイトの方に感謝します。

 

 

 

鈴木志郎康「極私的現代詩入門」(1) 遊ぶこと - 言葉のあや織り

 このサイトの、言葉についての考察と認識はすごい。ぼくには難解ですが………幅広い知識と学問に基いていると思います。全部は読んでいませんが、これから読もうと思います。

 

 鈴木志郎康については、専門的に論じている方が多数いらっしゃるんですね。そういう方のサイトを読んでもっと勉強したいと思います。

………………       ………………      ………………      ………………

 読み始めたプアプア詩が中断したんですが………中途半端になるので、明日に回します。

 

 自分なりに、詩人たちの詩を読むことで、何かがわかればいいと思っています。

 

………………       ………………      ………………      ………………

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。