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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

詩作法────リズム 語ること

 おはようございます。

 伊藤比呂美さんは詩のスタイルがどんどん変化して、物語り詩(勝手に命名しているだけなので………間違っているかも)のような世界を構築するわけですが、その過程を知りたいと思い、ブログを書いています。

 

[流体枷仔] 伊藤比呂美『テリトリー論2』「カノコ殺し」小考

というサイトでは詳細な分析がなされています。すごい。勉強になりました。

 

 上のエッセイでも、多くの人が伊藤比呂美の詩の分析や、考察、批評をされていることが書かれています。

 でも、自分は、なにひとつ読んだことがないので、まったく素人が立ち向かっているようなものです。

 ただ単純に、伊藤比呂美の詩のシャーマニズム的な言葉の繰り出し方が、どういうふうに作られてきたか知りたいのです。

 

………………       ………………      ………………      ………………

 

 詩集『テリトリー論2』にある「霰がやんでも」は「カノコ殺し」に続いていくようなリズムの萌芽があると思います。それを読みます。

 

 詩の内容、描かれてあることは、

  • 小鳥の霰
  • 裕美という友人が「一緒に食べよう」と食物を持ってきた。(一緒に産みたい)
  • 弘美は自殺した。そのときの様子。
  • もうひとりの博美は、しいたけとこんぶを持ってきた。

という、ひろみという名前の同じな友人たちとの交流です。それぞれレベルが違う。でも、描かれていることは〈死〉と〈産む〉ということです。

 

 2行目の

小鳥が十二分間にわたって振りつづき

地面は小鳥の死骸で埋まった

 という、幻想的なシーンから始まるのですが、「………羽毛が/雪のように/あとからあとから舞おちてきた」と続きます。それが、

 

あ、

字は違っても「裕美」という名の友人がわざわざわたしのところへ

 と場面転換してしまう。この唐突さ。

一緒に食べたことも

一緒に排尿したことも

一緒に排便したこともあるから、こんどは一緒に分娩したい

 と、リズムは同じだが、論理は飛躍していく爽快さ。

 このすぐ後の行は、

まるのままのおちんちんのついた(産みたい)

それでわたしと性交できる(産みたい)

わたしに射精できる(産みたい)

髭を剃らなければいけないが(産みたい)

………

 とリズムはそのままに、「産みたい」という言葉が増殖していくのです。

 

友人にもう一人字は違うが「弘美」というのがいて

自殺したのである

 と、また場面は転換します。

 自殺の様子、事情が描かれるのですが………ここでも、「飛んだ」という言葉が流れを作っています。

飛んだ飛んだ、と言われて「ひろみ」は

飛ばない飛ばない、と答えた、とお母さんが言った

 

 この後、しいたけとこんぶを持って来たもう一人の「博美」がいて話はそちらに移っていくのですが………

 

 この詩はリズムを刻むリフレインやイメージの重複が重要な要素になっていると思います。それが物語り=詩を成り立たせている。

 

 最後の部分を抜書きします。

は、は

はずかしい分娩

成長する卵たち

分裂する卵たち

……… (略 

………

うれしいしいたけ

うれしいなっとう

うれしいはっさく

うれしい腎臓

うれしい小鳥の霰たち

うれしい「ひろみ」たち

産みたい

産みたい

 

 

 このように繰り返しのリズムで構成しています。

 この詩によって、作者の意識は、写生によって詩的なものを作り上げる従来のスタイルから、大胆に、語るという新しいスタイルへ向かったのだ、と思うのです。

 

 

………………       ………………      ………………      ………………

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。