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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

散文詩────イメージを追求する

 おはようございます。

 

 結論は────詩はどんなふうに描いてもいいもの、そう思います。それがわかりました。読むほうも自由に読むので楽しめればいい

 

………………       ………………       ………………

  伊藤比呂美を読んでいます。

 詩集『青梅』から「オオアレチノギクを抱きかかえる」を読もうと思います。散文詩なので、どう書かれているか見たいのです。「テリトリー論2」への過渡期にある文体だと思うので。

 

 会うたびに代々木公園へ行った。

 渋谷から公園通りを抜けてNHKの前を通り歩道橋をわたると代々木公園の閉まっている出入口がある。その横金網の一か所が破れている。i が大きなからだをこごめて破れめから入る。

 ものがけばだっている。りんかくのいちいちが緩い。道が白い。放射線状にわたしたちから四方へのびるが実際は湾曲し交差する。二人ずつ人が通る。………

 

  場所から始まる、のですが、描写がいきなり〈私の心理〉的なものになっていきます。

 

 カップルが通り過ぎて行く。その後の6行……… 

ひるま人の多いところでも脇腹をくっつけて歩く。右手がわたしの脇の下や指がのびて乳を触る。………

 のですし、

人がいなくなると口をつける。湿った舌の裏がわたしの湿った舌の裏に触る。………

 からです。

 わたしたちは公的な場所でも、わたしたちだけの私的な行為をするのですから………公共の場に私的なものが侵犯してゆく……… 

 

 入ってすぐ道を外れ、………

で、見るものは、相変わらずカップルの性的な行為で………

 

組み合わさった男女が木立の間を横切っていく。行って座りたい場所を知っているから遠くからそのような場所に目を凝らす。凝らしてすでに人のいることがわかるから避けて行く。 

 ここまで28行でしょうか。本のページの割付で勘定すると。

 

わたしたちは木立を外れ草原に出る。誰もいない。人から隠れる木立の………

 そこでは、

空には雲がある。頭の上から木の枝が葉を茂らせて視界に入った。葉のような量感のあるものはすべて黒く見える。

  私の視点です。非常に概念的な風景に思えます。

 そして、

わたしは欲情した i に全身を揺さぶられた。i はわたしの顔を舐めまわし口の中を舐めまわした。わたしも………

 と、この性の前戯は12行続きます。

 性行為の描写。

わたしは手を入れて性器を掴むと必ずあるのはその体温だ。先端が分泌するとわたしはそれを言う。i もわたしがぬるぬるだと言う。わたしは顔をつっこむようなかたちになる。わたしは口に入れた。

というような描写なんですが………ありふれているけれど、ひりつくような、魂をゆさぶるような性の行為です。

男が至近距離を通る。ごく近くなって気づいた。………

 と第三者が観察しているのがわかります。

 

 ねえいれたいね、と言う。

 立ちあがって歩く。もういちど木立や茂みのそばを通って道に出る。道を歩いていくと電灯がある。ひろびろした場所がつながり門に至る。門は閉まっているがくぐり戸が一か所開いていてそこから出る。i は大きなからだをこごめてそこから出る。 

 あかるい階段を降りる。あかるい………

 ということで代々木公園の描写は終ります。ここまで60行余りでした。

 

 そこから突然に自分の話になります。

 

    二十六歳になる。

 毎夜毛抜で毛を抜いている。

 机に向い毛を抜いて二時間を潰している。

 わたしは皮膚の色をした気体がそのへんに立ちのぼるのを感じた。

 夜ごと濃くなるのだ。水溶性のもののように感じた。

 机の裏に障子いちまいを隔てて台所の流しがある。いちど水をのみに台所に立つといごずっと蛇口から滴りつづける。一定の間隔を想定して待つといつも遅れる。

 オオアレチノギクの群生。アキノキリンソウノボロギク。荒川の土手に生えている。小さいころよく行った。春から夏にかけて草木は青く上の方はほこりをかぶって白かった。

 ヘビイチゴやカラスエンドウで被われた斜面が………

 

で、自分の毛を抜く話から連想してでしょうか、オオアレチノギクの群生の、草の生えた土手の思い出の話になっていきます。

 

 この草の話は12行ほど続くのですが、それが死骸を見つける話に移行します。

 

 

踏み入ると泥が粘着した。泥は黒く有機物に富む。生物の死骸がそのへんにあつまっていた。不用意に歩くと魚や小動物の死骸を踏みつけた。わたしはどんどん草をかきわけていってほとんど川ぶりで四つ揃った茶色い毛のものの足を見たことがある。

 抜いたことはないがその群生の一本てっぺんの白いオオアレチノギクを抜いたような気がする。抜いたことはないのだ。背丈よりたかいその帰化植物を水道の蛇口にもっていって流水をかける。根にこびりついた有機物を含んだ土がどんどん溶けていって………

 死骸の話はオオアレチノギクを抜いた話になり、根を水で洗う話になります。これは幻想………作者の空想でしょうか、毛→死骸→植物の根というイメージのつながりがなにかを感じさせます。

 

 ところがすぐ根を洗う話は、i の話になってしまいます。

 痩せたi のせぼねをいちどだけ見た事がある。うすぐらい部屋。ベッドの隅にこしかけた………

………

 背中に浮かびあがったi のほね、ひとふしずつ繋がっていくオオアレチノギク。

 という連想だったのです。

 

 そして詩はまたオオアレチノギクの根を洗う描写を続けます。現実の描写でなく、作者の心理に写った〈洗うという意味〉ですが。

 この洗うことへの思考のまとめは8行です。

 

 荒川へ行く道を覚えている。自転車にのって………

と、過去の記憶が蘇ってきます。

 高台をおりて………鈴木ピアノ線の工場から少し………どの家も鉢植えを………アジサイと………どぶ川が流れる。………土手の上は………いちれつに生えていた………ゴルフ練習場になって………水たまり………

 京浜東北線の鉄橋この向うの荒川大橋をこえてもずっと生える草は地表を被う。

 体毛の中にところどころ濃い毛のかたまりがあるようにところどころ丈のたかい帰化植物の群生があるのだ。

 道に自転車を停めてひろい芝生へ降りた。いちばん近い帰化植物に近づく。………

 と現在形の描写。

 ここは最終部で18行ぐらいあります。

………土は湿っている。アキノキリンソウ。ヒメムカシヨモギ。オオアレチノギクの根もとはとろとろである。かきわけてすすめばきっと生きものの死骸がみつかるように思った(死骸はどんどん大きくなる。はじめは蝿の死骸だった。垂れさがる柳の葉の裏に半分くっついている。それからおたまじゃくしがあおむいて浮く。それから魚の白い腹。それからねずみが硬直した。ひからびた猫には………)わたしは………

 目の前にオオアレチノギクは群生していた。わたしはその根もとを抱きかかえたいと思った。汚れるのも厭わない。動かずに立っているだけだったが心の中では抱きかかえる行動を思っていたのだ。

 

………………       ………………       ………………

 

 代々木公園で性交したいと思ったこと→部屋にいると毛を抜くこと→オオアレチノギクの群生→根を洗うこと→死骸→土手の記憶→死骸と、イメージが連鎖しているのです。

 それぞれのイメージが生の体験を含み、私的だからこそ、意味を与えられる………そのようです。どこかからつながっているものが、帰化植物のというメタファーになるのでしょうか。

 

 日常のなかのものを普遍的なものにしてしまう。その技法イメージを追求することにあるのだと思わされたのです。

 

………………       ………………       ………………

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また。