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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

千家元麿の愛の詩

 おはようございます。

 

 スチールの本棚に貼り付けたメモに、〈八木重吉、千家元麿は………〉と書いてあります。

 千家元麿は気になっていたのです。青空文庫で読めます。

 

千家元麿  『自分は見た』

 

 詩集一冊分、読めるわけですが………これまでまとめて読んだことがなかったので、すこし頭がくらくらしました。

 

  「自分は見た」


自分は見た。
とある場末の貧しき往來に平行した下駄屋の店で
夫は仕事場の木屑の中に坐り
妻は赤子を抱いて座敷に通るあがりかまちに腰をかけ
老いたる父は板の間に立ち

         ──── 略

 

 が、有名ですが、下の詩もいい。

 

   「三人の親子」


或年の大晦日の晩だ。
場末の小さな暇さうな、餅屋の前で
二人の小供が母親に餅を買つてくれとねだつて居た。
母親もそれが買ひたかつた。
小さな硝子戸から透かして見ると
十三錢と云ふ札がついて居る賣れ殘りの餅である。
母親は永い間その店の前の往來に立つて居た。
二人の小供は母親の右と左の袂にすがつて
ランプに輝く店の硝子窓を覗いて居た。
十三錢と云ふ札のついた餅を母親はどこからか射すうす明りで
帶の間から出した小さな財布から金を出しては數へて居た。
買はうか買ふまいかと迷つて、
三人とも默つて釘付けられたやうに立つて居た。
苦るしい沈默が一層息を殺して三人を見守つた。
どんよりした白い雲も動かず、月もその間から顏を出して、
如何なる事かと眺めて居た。
然うして居る事が十分餘り
母親は聞えない位の吐息をついて、默つて歩き出した。
小供達もおとなしくそれに從つて、寒い町を三人は歩み去つた。
もう買へない餅の事は思は無い樣に、
やつと空氣は樂々出來た。
月も雲も動き初めた。然うして凡てが移り動き、過ぎ去つた。
人通りの無い町で、それを見て居た人は誰もなかつた。場末の町は永遠の沈默にしづんで居た。
神だけはきつとそれを御覽になつたらう
あの靜かに歩み去つた三人は
神のおつかはしになつた女と小供ではなかつたらうか
氣高い美くしい心の母と二人のおとなしい天使ではなからうか。
それとも大晦日の夜も遲く、人々が寢鎭つてから
人目を忍んで、買物に出た貧しい人の母と子だつたらうか。

 ひとつの情景を描いています。餅を買おうか迷っている母親を見続ける時間………緊張感があります。

あの靜かに歩み去つた三人は
神のおつかはしになつた女と小供ではなかつたらうか
氣高い美くしい心の母と二人のおとなしい天使ではなからうか。

 ここにテーマが凝縮されています。作者の〈思い〉です。ヒューマニズムの視点でもあります。

 

 見過ごしてしまえば、なんということはないのですけれど。

           ………………       ………………

 

『日本詩人』と萩原朔太郎  ────大正詩を考えるために────」というPDFファイルにリンクさせていただきます。

 こういう時代だったのですね、詩が普及していく時代………

 民衆派と呼ばれる詩人たちが活躍して詩人が時代に受け入れられていった時期。

           ………………       ………………

 

  その時代の他の詩人と比較して読むといいかもしれません。

 

 いまとなっては古い詩の書き方なんでしょうけれど………

  • 日常性に寄り添った言葉
  • 口語 自由詩
  • 散文的
  • 人間賛歌・人道主義………観念的といえる部分もある
  • ストレートな技巧

など、思いついたことを書いてみました。

 現代詩をすでに読んでしまったぼくたちには、あまりにも古めかしい。

 

 でも、なにか、心を揺さぶられるんです。(これをいいたかった)

 

 貧しき者、抑圧された人々に対する愛があふれている。

 

 いま、千家元麿のような詩法で詩を書いたら、違和感を持たれるだろうけれど………

 言葉がどこから生まれてくるか、を考えると、こういう直接的な描き方もいいんじゃないかという気がするのです。僕にとっては、ギンズバーグに通じるものがあるように感じるのです。

 

………………       ………………       ………………

 

  すみません、なんの目新しい提起もできなくて。

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。