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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

詩は祈り

 おはようございます。

 

 詩は「祈り」だ、といいたい………

 何かに向かっての祈り。

 誰かのための祈り。

 

 

 なぜこんな考えを持つようになったかというと、前にもリンクを貼った東渕修さんの詩を読んでからです。

 いまも本棚に、詩集「釜ヶ崎の天と地」があります。奥付を見ると、1976年10月に発行されています。買ったのは………その頃か………もっと後か。いずれにしても30年は持っているわけです。

 詩は………このサイトで読むことができる、

       銀河・詩のいえ 東淵 修

           のような詩です。

 

 口語で、呼びかけている詩が多いのです。

 

 西成の風景とか、そこで暮らしている労働者と話したりしたことがあると、気持ちがわかる詩かもしれません。いまでは、仕事がなくなり、老人だらけの街になりましたが………

 

 そういう意味で、限定的で狭いといえるかもしれません。詩に描かれている対象も、テーマも。わかる人にしか、わからない。

 

 それでも、ぼくは、普遍性を持っていると思っています。

 何故かなあ、癒やされるんです。

 この浪花節みたいな世界が好きなんです。自分が書け、といわれたら、違うのですが。

 

 なにを描いても、ひとつのテーマしか書いていない、というのは、昨日いった信仰に似ています。東渕さんは、宗教ではない自分の信仰を持っていた人だと思えるのです。

 初期の詩の頃から変わっていません。

 

  「おかあちゃん の ゆうれい」

そのひは つきめいにちで いっしんじへ おまいりにいったひいやった

ぎょうさん おがんだ

おがみもって おかあちゃんの おけつ きつうに ひねったった

そないしたら ねむってる おかあちゃん めえ あけるやろ おもたんや

しやけんど おかあちゃん いっこも めえ あけへんかったんやった

わい ものごっつい さびしい と おもた

             ────略────

                  「釜ヶ崎の天と地」から

 

 

………………       ………………       ………………

 

 浪花節、語り………あるいはヒップポップに通じるものかもしれません。

 



 ぼくはヒップホップも、詩のパフォーマンスに加えてもいいと思っています。昔、ドリアン助川もいましたし。



 

………………       ………………       ………………

 ヒップホップに関しては、また書きたいと思っています。

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。