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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

詩は信仰告白

 おはようございます。 

 昨日は朝から洗濯をしたりして、忙しかった………

〈寝ながら本が読める読書器〉のパイプをヤスリで短く切ったり………(本を取り付けたら重さで傾いてしまう、それで最近使っていなかったのです)

 

 お風呂に行った後、午後から、このブログからリンクしていた「S101009キリスト教と詩文学?島崎藤村からまど・みちおまで」の動画を見ました。

 8人のキリスト教の影響を受けた詩人たちの話でした。おもしろかった。

 

 今朝、このブログを書くときに、なにを書くか、迷っていたのですが………自分も詩集を持っている八木重吉について書くことにしました。

 

定本 八木重吉詩集

定本 八木重吉詩集

 

  古本屋さんで、昔、買ったものです、もう25年ぐらい前に。

 

 聖書も持っていたので、キリスト教関係の本で持っていたいと思ったものは買っていました。「マザー・テレサの祈り」とか………

 

マザー・テレサの祈り

マザー・テレサの祈り

 

 

………………       ………………       ………………

 

 ネットで、八木重吉の詩を読むことができます。

 

「八木重吉さんの詩」

 

「貧しき信徒」

 



 いずれのサイトもすばらしいです。お礼をいいます。

「詩と言葉 八木重吉」の最後に書かれている言葉………   

少女の頃から ずっと変わらず

私の心のなかには この「序文」が

鳴り続けております。

 に、感動しました。ぼくも同じ心境です。

 

………………       ………………       ………………

 

 ほんとうは、八木重吉さんとまど・みちおさんの詩を載せて、「キリスト教の影響がここにみえるよ」というふうな感想を書こうなどと考えていたのですが、お二人とも、そういう軽い扱いをするのにふさわしくない。真摯に自分の命をかけて、読む詩たちです。反省しました。

 

 八木重吉の詩は、信仰告白といっしょです。

 どんな詩も、信仰の告白としてあるのです。題材はそれぞれ違うけれど、それに向う態度は、信仰があって出てきている言葉だと思うのです。

 事物を描くために書かれた詩ではない。

 信仰が先にあって、たまたま事物について思ったことなのだ………

 

 母も、月も、花も、涙も………信仰の心から出る言葉で描かれている。素直に………技巧を凝らすことなく。飾らずに。

 

 そういうふうに、詩を書きたい、と思うのです。

 書く言葉がそのまま………信仰の光のなかにいる人にはわかる………

  信仰を同じくする人だけじゃない、その真摯な態度、切実さは、誰でも持ち得るものです。それが読む人の胸を打つのではないか。

 

 いや、宗教的な信仰でなくても、詩人が描く「普遍性」は、宗教の高みにあるのじゃないだろうか………と思うのです。

 

 

 うまくいえないのですが………自分の信仰告白の言葉を持ちたいと思うのです。

 誰でも「自分の信仰」を持っていると思うので。

 

………………       ………………       ………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 また、明日。