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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

「詩への道しるべ」を読む 2

 おはようございます。

「詩への道しるべ」はいい本だと思います。詩を読むときの素直な楽しみ方を教えてくれたし、味わい方を教えてくれた。

 

【音の響き中心の詩】

  • 西欧ではその言葉の発音の特徴から、音韻を大切にする詩の伝統があります。音の響きそのものが詩でした。
  • 韻律………律とは詩の形の規則性。構成の約束事だったり、一行一行の母音の数や強弱、長短の並べ方。
  • 韻とは、音と音の響き合い。行の最後の音を同じに揃えるのが脚韻で、出だしの音を揃えたら頭韻。
  • 同じ音を持った単語を詩のあちこちに置いて、さり気なく互いに響かせるのも、一種の韻だといえます。

 

  • 日本では音の数でした。短歌、俳句などの五七五などです。日本の固有の律感覚です。
  • 韻はどうか………日本語の特性から、脚韻も頭韻など、はっきりした韻を作ることは難しい。韻の働きがないわけではありません。韻は和歌全体の中に散りばめられて、さまざまな音が呼び合い響きあって、詩(和歌)の美しさと強さを作ってきました。

 著者は上田敏が訳した『海潮音』から、キレヘルム・アレントの「わすれなぐさ」をあげます。

ながれのきしのひともとは、

みそらのいろのみづあさぎ、

なみ、ことごとく、くちづけし

はた、ことごとく、わすれゆく

  本では注釈が行われていますが、その必要はないでしょう。音の持つ響きの美しさ、日本語の美しさに酔うことができれば十分です。

 

 また七五調のリズムの美しさのテキストとして、佐藤春夫の「ためいき」を掲載していますけ。佐藤春夫は当時の時代の風潮に反して、文語体で詩を書くことを固持した人です。

 

 

詩 - Wikipedia………韻律の解説もあります。

 

このYAHOO! 知恵袋の「頭韻を踏んだ詩に興味があります………」もいいですね。

 

 気持ちのいい音楽的な詩は、無意識に韻を踏んでいるものです。

 

 

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【考え(思想)中心の詩】

………言葉は、大胆に割り切って言ってしまえば、情景描写か事実判断かのどちらかです。

「鳥が空を飛んでいる」と言えば、差し当たり一つの情景の描写です。

 それに対し「鳥は空を飛べる」と言えば、鳥の飛行能力に関しての、一つの事実判断です。

………

 そして、問題の〈考え(思想)中心〉の詩とは、その〈事実判断〉を中心にした詩、別の言い方をすれば、〈意味内容〉を中心にした詩です。

 ただ〈事実判断中心〉、〈意味内容中心〉と言ったのでは、漠然としていて、よく判りません。さて、どう呼べばいいか。

〈メッセージ中心の詩〉と言えば、非常にはっきりします。詩人が何か、世に伝えたい明確な主張(たとえば「しとは空飛ぶ鳥のように自由であれ!」とか)を持っていて、それを詩に籠めて発表する。現実にそういう詩もよくあります。

 でも他者に向けた言葉ではなく、独り言めいた詩(たとえば「羽をなくした俺のこころよ」など)もあります。

  この本で解説されているのは、また、引用されているのはドイツの中世の宮廷詩、ミンネザングです。騎士の貴婦人に寄せるミンネ(愛)を歌うもので、〈考え中心の詩〉といえる────新しい文化を発見した喜びの詩ということです。

 

 日本ではダダイスト新吉の短詩が紹介されています。

 

 幼い子どもは死とどう出会うか────を描いたフランセス・コーンフォードの「思い出ひとつ」という詩も掲載されています。(P51)

 

 思うのですが、ひとつの観念や言葉をめぐって書かれた詩は、〈考え中心の詩〉なのでしょう。

  もちろん、いくらメッセージがあったとしても、ただ観念的な言葉の説明や解説に過ぎなかったら詩としては十分ではないでしょう。詩を生かすのはイメージです。イメージや描写が、詩の生命だという気がします。

 

 たとえば、P117に掲載されている、吉野弘の「祝婚歌」です。

二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派すぎないほうがいい

立派すぎることは

長持ちしないことだと気付いているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

………

………

      (略)

 

  これは結婚をする若い二人に送った〈考え中心の詩〉ですが、メッセージの言葉のなかに具体的な行動を喚起するイメージが入っています。

 うそぶいている………ふざけている………

 光を浴びている………風に吹かれながら………胸が熱くなる………黙っていても………

   などです。

 二人の具体的なイメージが浮かぶからこそ、読んでいて微笑ましく、気持よくメッセージが伝わるのです。

 

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 あと、この第一部には、漢字、ひらがな、カタカナによる五感や受ける印象の違い、作者がなぜそういう表現を選んだのかの考察が書かれた部分と、詩の歴史がコンパクトにまとめられていますが、今日はここまでにします。

 

 詩が3つの要素で成り立っているものだ、という指摘は新鮮でした。

 

 また、明日。