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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

「抵抗と表現」を読む 8

 おはようございます。

伊藤和────逆流する詩人

 

えのきたかし────執念のリアリズム

『赤ドリルの夢は夜ひらく』というサイトに、えのきたかしの「古本屋のうた」が載っています。紹介させていただきます。

………

そのために

時計の針を引きもどし

鶏にさるぐつわをはめ

太陽までもねじふせて

彼等の

最後の夜を楽しもうとしている

      (部分)

  詩は『老狙撃兵』のなかのものです。説明的で理詰めの言葉が並んでいますが、苛酷な現実と戦う決意を感じられるものです。たぶん、自分の言葉で喋っているから、いいのでしょう。共感します。

 

 本には「古本屋のうた」は掲載されていないのですが、著者はこう感想を書かれています。P160

いまもこういう詩がないとはいえないが、とくにレッド・パージのあとあたりにたいへんはやった生活詩のまったく典型的なやつだ。古本屋の生活には、詩の材料となるようなものがおそらくいろいろあるにちがいないが、それを詩にするにはその生活自体をもっとまともに見つめなければならない。自分はたたかいつづけるんだという決意を表明するための道具として、権力の攻め方をありふれたことばで例示するといった手法では、ほんとうの詩はしょせんスタートしないであろう。

  この本では戦前のえのきの生活や活動について書かれていないのですが、1950年に共産党に入り、翌年離党しています。そのへんの事情もわからない。生活のために古本屋をし、1970年、交通事故で死んでいます。68年からはコスモスの同人とも連絡をとらない生活をしていたようです。

 著者はP164~170にかけて『老狙撃兵』三部の詩を、「えのきの生活をふまえた血のふきだしそうなギリギリの表現がある。かれの真剣な目は冴えわたり、ねらいは正確である。これはえのきにおける、固定的プロレタリア詩からの脱出である」と批評しています。

 

中野重治────最初の詩と最後の詩

  ここでは中野重治の最初の詩「大道の人びと」と最後の詩「その人たち」について書かれています。

 中野重治の文学的、政治的な重要性については周知のとおりだと思います。

 

『少年文芸手帳』というサイトに「大道の人びと」の詩が載っています。感謝します。

 

 紋つきの人相見、角帽の若い男、手品師、猿ひきなどといった大道商人たちの姿がとらえられているが、それぞれをじつにこまかく、的確にえがきだしているのには驚く。

彼らは一様にくろい顔をしていた

キンの入れ歯をしていた

あるものは暑いさなかによごれた袷を着ていた

あるものは木枯しのなかに麻裏草履で立っていた

 こういう押さえた、しかし見るべきものは見ている表現が、詩をかきこんできたのではない二一歳の青年の手によって出現したのだ。

 

………ずばぬけた観察力も、持続した面もあるが、大きく崩れた面もある。これにはひとつは抒情の問題がからんでいるだろう。「大道の人びと」にしてもこれだけ対象に迫りながらも、なお歌に流れているところがあった。そしてもうひとつはいうまでもなく、中野の詩における政治の問題だ。プロレタリア解放運動の最盛期を迎えて、中野が詩の軸に政治をすえたとき、質的には空洞化を招いたし、その弱さは戦後の「その人たち」までまちこされた。

 抒情の問題────歌に流れる────というところは、中野重治の詩においていつも指摘されるところです。つまり、鋭い観察力でモチーフを捉えながら、観念的、政治的なもので美化してしまう。飾ってしまう。だから歌い上げることになってしまう。

 

『個人的な あまりにも個人的な』というサイトの『今月の言葉抄』に「その人たち」の詩が載っています。感謝です。

 

 この詩は「日本共産党創立二十五周年記念の夕べに」という副題がついていたそうです。共産党員を支えた母たちを讃えたものです。

 

サヤ豆をそだてたことについてかって風が誇らなかったように

また船をうかべたことについてかって水が求めなかったように

その信頼と愛とについて報いはおろかそれの認められることさえ求めなかった親であった人たち

 

 著者はこの詩の比喩は平凡であるといいます。こんなきれいごとの比喩で親たちの苦労と苦悩とを表現できるだろうか、と問います。古さ、軽さ、常識性………政治的な配慮が入り込み、スローガンの虚しさを露呈していると。

 

  政治が絡んだ詩を書くのは難しい、と思います。政治には、建前や公式、なにが正しい政策なのか、ということが関わってきます。民衆の側で歌うにしても、それがもう公式的なスローガンや、プロパガンダになってしまう。

 詩人の主体性が問われます。

 

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 明日で「抵抗と表現」を読み終える予定です。

 では、また。