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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

「抵抗と表現」を読む 4

 おはようございます。

「壷井繁治────その詩と政治」を読みます。

 

壷井繁治(1897~1975)のプロフィール

 小豆島出身。早稲田大学で学ぶ。25歳、個人誌『出発』(1922)。『赤と黒』(1923)を萩原恭次郎岡本潤川崎長太郎らと創刊。26年、散文詩「頭の中の兵士」を『文芸戦線』に発表。発禁となる。「観念的理想主義者の革命理論を駁す」という論文を書き、「暴力のわかれ」事件でアナキストから暴行を受ける。28年の全日本無産者芸術連盟(ナップ)に参加、政治運動をする。7年間、詩を書いていない。35年、詩人と画家による風刺集団サンチョ・クラブ結成。風刺詩を書く。36年、解散。38~44年、戦争賛美の詩を多く書く。

 戦後、新日本文学会の創立に参加。共産主義賛歌のスローガン詩を書く。武井昭夫吉本隆明から戦時中の行動を批判される。その後、『詩人会議』を結成。民主主義文学を確立させる。小林多喜二の全集の編集委員。日本共産党員。

 

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 著者の壷井への評価は厳しく、詩人としてはほとんど評価していないようだ。

 まず「頭の中の兵士」の引用されている部分

 俺の頭の中で兵士が怒鳴った。かと思うと、今度はウフフッと吹き出した。と、兵士達もウフフッと吹き出す。次から次へとその笑いが伝播する。ウフフッ………ウフフッ………ウフフッ………ウフフッ………全体が一つの笑いの塊となる。

 今まで整然としていた隊伍が滅茶苦茶に乱れてしまう。

  それに対しての批評です。P87

 ことばの切れ味のにぶさといったらいいのだろうか。どなるところから笑いへの転換を、「かと思うと」で片づける安易さ。笑いの伝わり方のあまりにも表面的な説明。兵士にしても、その表現につっこんだ新しさがない。こういったところがいくつも目につく。

 問題はどこにあるか。壷井の詩には写実する力がほとんど見られないことである。およそ対象を明確に描こうということがない。見るまえに解説し、あるいは感想をのべてしまうというのが通例であり、この詩もその範囲から出ていない。現実への詩的批判は、物の細部まで見きわめることのできる力にうらうちされている必要があるだろう。この力が乏しいことは、この詩のように壷井の詩のなかで成功している部類にあっても、詩的迫力を大きく制約しているとともに、あとでふれるように権力の攻撃さらされるとすぐに腰くだけになる現象とつながっている。

  正当な批判だと思います。

 描写にしても、言葉を正確に使えないことは、誠実ではないということです。現実の表面だけを撫ぜて事たれリとするような考えが、そういう表現を生むのでしょう。

 

 P96に戦争賛美であるという詩があげられています。

  • 「雪」………国のために命を捧げる決意
  • 「暁に寄する歌」………侵略への共感
  • 「物語」………愛国賛歌
  • 「水」………日本精神
  • 「自らを戒むる歌」………生命軽視
  • 「南方へ」………侵略賛歌

 著者はこう続けます。

壷井の戦争詩がちょっとしたカモフラージュなんていうものではなく、その本質に深く根ざしたものであることがわかる。しかもきわめて自然に、プロレタリア詩からの継続として戦争詩へ歩んできたのだった。

 ふむ………しかし、戦時中に戦争を賛美しないまでも、反対する詩を書くのは不可能だったでしょうから、詩人という職業を続けていくために、ある程度肯定的な詩を書かざるをえなかったのかもしれません。

 (ここでは太平洋戦争が侵略戦争だったか、の論議には触れませんが、歴史の見方は時代によって変わり、自由ないろんな意見があるべきだ、と思っています。ひとつの見方だけが真実だ、ということは、決してない、と思うのです。)

 

 ただ、賛美するのは問題です。詩人としての主体性を放棄して、そのときの状況に流されています。つまり、ご都合主義で、相手の都合に合わせて詩を書いている。それが、詩人としては問題なのでしょう。

  

 つまり、壷井繁治が、あるときはプロレタリア詩を書き、庶民を扇動し、転向してからはその同じ熱意をもって戦争賛美の詩を書いたと。

 そして、戦後は、責任を感じることもなく、民主主義や共産主義を宣伝する詩を書き続けた、ということが、詩人としてどうなんだと、この本では問われているわけです。

 

  戦後、壷井がスローガンの詩を書き続けたことを、著者は評価していません。

P102

………壷井の戦後詩は全体として新しい価値を生みだすことができなかったというのがわたしの見方となる。壷井は「プロレタリア詩人は自分の作品を、自分の所属する階級の解放のために、またその階級とつながる階層の利益のために役立てることを積極的に意識して作品を書いてきたし、またこれからも書きつづけるであろう。」(評論集『詩と政治の対話』)とたからかに宣言してはじらいもないが、こんな考えからは、プロレタリアートがよむにたえる詩の一篇だって生みだすことはできない。どろどした現実のまんなかで、自分の頭で考えぬき、手さぐりで歩みつづけて、なにかひとつでも引きずりがしてくるような詩精神とは、少なくとも戦後の壷井はかかわるところがなかった。そしてわたしたちの前に、スローガンにいろどられた空々しい詩の山が築かれたのである。

 と、結論づけています。

 たしかに一定の人から支持され、仲間内だけで楽しめ、わかりあえるような詩が書かれている現状があると思います。

 詩は普遍性を目指すものです。自戒しなくてはならないと思います。

 

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【ネットで読める壷井繁治の詩】  

「星と枯れ草」「石」

「風の中の乞食」

「八月の残酷────あるいは平和について」

 

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「風の中の乞食」を読みます。

 

(これ以下は自分の勝手な感想と詩の分析です。すでに高い評価を受けている詩を、自分が詩を書くときのための、勉強するためのメモなのです。素人が偉そうにしているようにみえるかもしれませんが、トンチンカンで間違っていても赦していただくようお願いします。)

【モチーフ】

  • 乞食

【テーマ】

  • すべてを失っていることに怒れ

【構成】

 【起】………風の中にいる乞食

 【承】………路傍 すべて失った 深夜

 【転】………心に星が落ちる

 【結】………泣くのでなく怒れ

【スタイル】

  • 空想に近い(描写していない)
  • 作者のモノローグ

 

【表現・技法

  • 描写がない
  • 作者の描いた乞食像でしかない
  • モノローグで終わっている、作者が恣意的に語っている それが心地よい読者もいる
  • 押し付けがましい(星 涙 怒れ 作者の乞食のイメージ センチメンタル)
  • 路傍に吹き飛ばされた………全体的に抽象的で勝手なイメージ

 

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 社会と詩との関わりをどう考えるかという、おもしろい本だと思いますので、来週も読んでいきたいと思います。

 最近の現代詩も読みたいのですが………「詩を書く」ヒントとか参考になることをどう引き出したらいいか、いまはまだわからないのです。詩の方法論の歴史を辿っているうちに現代詩を書く方法に到達すると思います。

 

 では、18日に。