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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

詩集「わたしの娘を 100ウォンで売ります」

 

わたしの娘を100ウォンで売ります

わたしの娘を100ウォンで売ります

 

  作者は2004年に韓国に入った脱北者で、北では朝鮮労働党に勤務して宣伝、扇動政策に従事する詩人だったそうです。「貴族作家」と呼ばれていたと自己紹介しています。

 

 彼がメモと記憶をもとに書いた詩がインターネットで評判になり、出版されベストセラーになりました。

 詩は、民衆の生活を描いて、北の政治と体制を告発するものです。

     「わたしたちの ご飯は」

わたしたちの ご飯は

米の ご飯では ない

木の皮だ

        (一連)

  

 貧しく苛酷な食糧事情と、なぜこうなってしまったのかを描いています。

 

 この詩集は、タイトルごとの分野に詩が分けて掲載されています。

米飯賛歌(10篇)

わたしたちは こうして 死んだ(12篇)

生きるのではなく 生き残ること(24篇)

人権のない所には 救済米もなかった(11篇)

脱北者、わたしたちは先にきた未来(14篇)

        

 いずれの詩も短く、ルポルタージュのように記録されたものです。いや、ときに長い詩もあるのですが、ほとんど詩は〈描写などの技巧がなく〉題材にそのまま切り込んでいるため短く直截に感じてしまいます。

   「林檎の木の 家」

………

………

 

自分ひとり 口べらし すれば

食い扶持の ひと匙 残ればと

林檎が 実るだけだった その枝に

孫娘が 首を くくった

 

林檎の 代わりに 死体が

無残に つりさがった

林檎の 木

 

………

       (部分)

 

(たぶん、自由社会の修辞学とか詩論とかは知識としても浸透していないでしょうから)………マルクス主義からくる社会主義リアリズムの技法で書かれた詩たちです。

 

 素朴な詩たちですが、現実を基にしているので、異様な迫力があります。そうでしかない現実がそこに描かれているような気がする。

 

 吉本隆明が「言語にとって美とはなにか」で、自己表出ということをいい、自己表出の源は言葉以前の「声」とか「音」の、なにか心から押し出されてくるもの、と言っていたと思うのですが、この詩集にある詩も、そういうものだ、という気がするのです。

 

 たしかに一面的で、苛酷な現実を〈単純化して〉描くことで訴える────そういうプロパガンダの要素はあると思う。

 だけど、北朝鮮の現実を想像して泣いてしまう。

 強制収容所などの報告が書かれた本などで、苦しい、惨酷な状況を知っているからかもしれません。

 

 

   「乞食の願い」

………

………

とうもろこしが 一本 あったら

一日に 一粒 むしりながら

オンマを 探しに 行きたいな

とうもろこしが 二本 あったなら

オンマに きっと 会えるよな

 

白々と 降る 雪が

ぜんぶ 米で あったなら

それとも どんどん 振り注ぐ

硬貨で あったなら

 

………

          (部分)

 

 たぶん、浮浪児(コッチェビ)を描いた詩。ひとりなんだろう。なりきって、詠っている。非常に単純な共感です。

 人は、苦しみを共有することで、お互いがわかりあえる、そんなことを思わせる詩です。

 

 詩の効用はどこにあるのでしょうか? そんなことを考えさせられる………

 

  「わたしの 娘を 100ウォンで 売ります」

………

………

女は 母であった

娘を売った 100ウォンで

小麦粉パンを かかえ

慌て 駆け戻り

別離れ行く 娘の

口へ 押し込み

────赦しておくれ!

慟哭した その女は

          (終連)

 

 

 この詩集はこういう素朴な描写の詩の集まりです。

 現実をそのまま写し取った、という詩。

 

 日本でかって書かれた………いまも書かれている社会主義リアリズムの単純な反戦詩や労働者の詩というものは、説教臭いし、上から目線の党派性がある気がして嫌いですが、〈現実を現実のまま語らせる〉という詩は好きです。

 

 一定の方向へ読者を導こうというけれん味も感じるのですが、なにより、圧倒的な苛酷な現実感が詩を成立させていると思うのです。

  P198~からは北朝鮮がたどった経済政策の失敗、無責任な体制、共産主義の非人間性のリポートが、P245まで、三人の解説者によって書かれています。それによって、1995~98年の300万人が植えて死んだ、詩の背景がよくわかるようになっています。

 

 社会的な詩には興味があるので、明日は「抵抗と表現────社会派の詩人たち」という本を読みます。