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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

「八木重吉詩集」を読んで

 おはようございます。

 8月になりました。相変わらず蒸し暑いです。

 でも、元気で。暑さも寒さも、いつか終わる、のです。そして穏やかな日がやってくる。

 

 八木重吉は1927年(昭和2年)に30歳で、結核によって亡くなります。奥さんは23歳でした。残された二児は奥さんが育てます。後、子を亡くされたりして、再婚されます。

 著作権が消滅していますので青空文庫で読むことができます。「秋の瞳」「貧しき信徒

 

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 自分の感想を述べます。

  • 信仰告白の詩なんですね。キリスト教の信者としての、信仰を得た心情を詠っている。
  • キリスト教の救いや神様が存在する世界。
  • 自然=神様が作り上げたものです。

 

 

 日本は江戸時代の封建制から、明治になっても家父長制でした。明治から多くの文化人がキリスト教に走ったのは、自我=自己を守るため、そして新しい文化(個人主義)の息吹を吸収するためだったんだろうな、と思います。

日本キリスト教史

日本 キリスト教 歴史」の検索のサイトを見ていると、納得できるものもあるし、文化の衝突エピソードもある。とにかく、仏教や神道とはまったく違った原理に基づく価値観を受け入れていったのです。

 

 最終的には信仰は、個人が選ぶものだと思うのです。神様から選ばれるものではなく………これまでの日本のキリスト教の文化人達をみれば、そう思えるのです。

  • 八木重吉はそのなかで、内村鑑三無教会主義に心酔する正直で純粋な信徒だったということ。
  • 内村鑑三は大正期には、終末・再臨信仰に傾いたこと。そういう時代だったのだろうと思うのです。

 

 

 ぼくにはキリスト教の信仰というものがよくわからないのですが、八木重吉の詩には、「身近なものを通じて、信仰に至る」という具体性を感じます。信仰者なのですが、観念的ではない。熱烈な信仰はあるが、生活は地道だ。

 当時、宗教を通じて、世を改革するという時代精神があったのだろう。「自分を道具として社会改革に役立てる」という────宮沢賢治も東北にいた。

 

八木重吉 詩」で検索すると多くの詩のサイトが出ます。

 

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 ぼくは「ひとり仏教」なので、あまり他人の信仰を批評したくない。それぞれの信仰は、他人に押し付けないかぎり、いいことです。

 

   「毛虫を うずめる」

まひる

けむしを 土にうずめる

 

 自由律俳句が流行っていたように、短詩形による詩運動もあった。

 もう、こうなると、山頭火や尾崎放哉にずっと近づいている。純粋な魂は親しいのか………

 

 祈りや信仰の詩句は好きです。読んでいると落ち着くから。

 

 

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 今週まで、ずっと石原吉郎を読んできました。

 いま、詩を書く方法を探す、という原点に戻って………(詩はイメージだと思っていますので)………

「イメージとはなにか」とか「イメージを作るとは」というふうな心理学の本を、図書館に探しに行こうかと思っています。違う方向から詩について考えたいのです。

 

 では、また、4日に。