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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

村野四郎の詩たち

 おはようございます。

 7月1日に「村野四郎に興味があって」のタイトルでブログを書きました。この二日間、村野四郎の自伝と詩集を読んで、「新即物主義」から始まった村野四郎の詩の世界が見渡せた気がしました。もちろん、その深い意味はまだまだ探求しなければわからないでしょうが………

 その詩は、ネットでもけっこう読めるので、今日は詩集から、気に入った詩を選んで、紹介していくことにします。

 なぜ、っていうと、その世界が、すごく好きになってしまったからです。読んで、終わるのでなく、ブログとかに残しておきたい。また、振り返ったときに、立ち戻れるように。

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『近代詩再読』というサイトに載っている「秋の犬」がいちばん好きです。

夏桃のくろい茂みが虫にくわれて
そのむこうから
空が剥がれてきた

街には コスモスが
恋愛のように咲いたりしていた
だが見おぼえのある人は
ひとりも通らなかった
とある道ばたの 積みかさなった石(ころ)の間に
おれは 犬のようにすわっていた
ガラスの眼球に桔梗の空間がうつっていた

             ――(略)――   

                  詩集「実在の岸辺」(1952年刊)から

 

  • この風景描写! から、始まる詩の緊張感が好きです。
  • 犬(私)が見る風景の描写の視線。
  • その犬(私)を外側から客観的に描写するという二重の構造。
  • 「夏桃のくろい茂みが………/空が剥がれてきた//街には コスモスが/恋愛のように咲いたりしていた」のドラマ性。
  • 「だが見おぼえのある人は/ひとりも通らなかった」「永遠などというものは/結局 どこにも無いということ」の虚無感。

 センチメンタルで、謎であって、それにとどまっていない深い意味を持つ描写………でしょう。人生を凝縮したようなドラマがあります。犬が座っているだけなのに。

 

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 あと、自分が好きな詩をあげていきましょう。ほとんど、全部の詩に惚れましたが。

 

 衝撃的な「新即物主義の実験のつもりで描いた………」詩の、客観的で、形態的な乾いた叙情性と、映画のカメラ・アイのように移動する視点の『体操詩集』は世間に衝撃的なデビューとなりました。

 でも、それで村野四郎の世界は終わらなかった。

………弟が戦死したことが、時代や世界がどうなっていくのかという疑問と相まって、強烈な虚無感と生きることとは何かという不安を、村野四郎に与えたと思うのです。それで「新即物主義の実験的」詩論から、村野は脱皮した。

 

『叙情飛行』(1942年)から

 

     「農夫」

荒々しい蔬菜の

たかい棚をくぐって

あの人はどこへ行ったか

暗い足どりで出て行った

不幸の中で

唐黍の赤い房はゆれ

      ――(略)――

 

『珊瑚の鞭』(1944年)から

 

     「秋の日」

私はきょう

死んだ彼と一緒に歩いた

木犀やコスモスの墻の向うに

青い空のある道を

        (一連)

 

『実在の岸辺』(1952年)から

 

     

「乞食」

彼の襤褸

日光のなかでかがやいているが

貧はそれより もっと透明だから

その中に蹲っている彼が

よく見えてくる

すべてが溶けてしまった後の

核のように

          (一連)

 

 

『抽象の城』(1954年)から

 

      「自殺考」

ぼくの記憶は

肉屋の肉より赤いし

ぼくの過去は

瀬戸ものの上の花模様のように

克明にして 精細をきわめている

           ――(略)――

 

 

 

 

『亡羊記』(1959年)から

 

      「永遠的な黄昏」

鳩は ふしぎそうに

首をかしげて

枝の下をながれていく何かを見ている

           (一連)

 

 

………………………………………………………………………………………………………………………………… 久しぶりに、詩集を手元において読んでいたい、そんな詩人に出会った気がします。出来事を隠喩として捉える。なんでもない日常の、大袈裟ではないが、死や生や孤独………そんなものを、大切に描いた、そんな思いがする詩なので。

 

 ずっと以前の世代の詩人ですが、落ち着けます。

 また、こういう詩人を探せたら。

 

 また、明日に。