読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

吉野弘の詩作法について

 

詩のすすめ―詩と言葉の通路 (詩の森文庫 (103))

詩のすすめ―詩と言葉の通路 (詩の森文庫 (103))

 

 という本を読んだのですが、これまで読んだ吉野弘の文章との重複が多くて、新しく「詩作法」を見つけることができず、感想を書く、まとめを書くのをよそうと思いましたが……これで吉野弘について書くのは終わりにするので、いままでのことをまとめます。

 

目次を書いておきます。

Ⅰ 詩と言葉の通路

  1. 詩の感触
  2. 意味の揺れ
  3. 意味の揺れ・再説
  4. 喩としての言葉

Ⅱ 自作について

「初めての児に」

「I was born」

「夕焼け」

「生命は」

「ステンレスという名のあなたに」

「花は開いて咲く」

処女詩集「消息」の思い出

Ⅲ 石川啄木「歌のいろゝ」寸感

  高村光太郎・極端志向

  中原中也「帰郷」について

  立原道造・意図的な表現の不安定

  高見順の詩

 …………………………………………………………………………………………………………………………………

吉野弘は自分の詩作法を次の3つに分けています。

Ⅰ 文字や言葉が新しく見直されるとき 

文字の形や綴りから 変な言葉遣いから 言葉に特別な意味が加わるとき

  の場合を、「2 意味の揺れ」のところで語っています。

  • 例として「ぶつかる」を解説しています。

 「意味の揺れ・再説」で、フランシス・ジャムの詩を読んで、その「驢馬は古縄をしゃぶって」という詩句と「お前の心の縄には……」という語句に惹かれたことを書いています。そして「フランシス・ジャム先生」という詩ができたこと。

 カンナの花言葉「堅実な末路」に惹かれ、「カンナ」という詩ができたこと。

脱ぎ捨てられた緋色のナイトガウンみたいに

カンナの花びらが地面に落ちている

うっすらと泥にまみれて

        ――(略)――

 このあと続くのは、カンナ夫人が恋に落ちて……かどうか、その朝にいなくなってしまった状況が描かれるのです。すごいです、詩人の想像力は。 

「4 喩としての言葉」の項で、「過」という文字が「すごす」と「あやまつ」に読めることをモチーフに……「過」という詩ができたこと。

日々を過ごす

日々を過つ

二つは

一つことか

   ――(略)――

  また、「創」という言葉の考察や、「Vice」に「悪い」という意味があることを考えたり、して───

ですから、われわれの比喩造出の行為を詩の領分での特別な行為と考えるのは誤りで、言葉そのものが比喩をを媒介として生成してきたのであり、言葉の生命は比喩そのものでもあると考えるほうが正しいと言えます。このように考えるほうが、言葉の意味を豊富にする人間の精神の生動感に立ち会う術でもあると思います。

と、書くのです。

このように言葉の意味を、そのもとへ辿ってゆきますと、面白いくらい、比喩の転移されてゆく姿が見られ、人間の精神の自由な試みに立ち会うことになります。

 

 

 

Ⅱ 物の見方・感じ方が変わるとき

詩は、何かが新しい意味をふくみ、しかしその正体がわからないという状態で、私を訪れることが多い……

に含まれるのは「Ⅱ 自作について」で解説されている6つの詩でしょう。

 違和感や正体がわからないものを追求していく。

 ここでは、吉野弘が詩の製作過程について、なにをどう思って、この言葉を選んだか、語っているので、すごく読み応えがあります。

 吉野弘は非常に現実感覚を持った詩人で、対象との距離の取り方を工夫しているのが、よくわかります。

 

 

 そして、もうひとつの詩作法として、物事を物自体に語らせる、なるべく主観を排した───

Ⅲ レポートの方法

があります。その代表作、「豊かに」は、この本には登場しませんが、すでに解説されている通りです。

 

 

  以上で、いままで吉野弘を読んできたまとめを終わりたいと思います。

 詩を書く方法が、よくわかった気がします。

 では、明日。