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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

吉野弘「現代詩入門」を読む 4

嵯峨信之の詩から】━━━詩の鑑賞の仕方

 嵯峨は当時、「詩学」の編集者だったそうです。この検索結果から、詩を何篇か読んだのですが、深い……言葉の意味が、胸に静かに積もって、何度でもよみがえる。重層的な意味を持った詩行です。

 ここでは「歴史」という詩をとりあげています。

菖蒲の花が咲いていた

重い時間を支えながら

テープのような虹が崩れる前に

あなたは彼の前から去っていった

 18~19歳の頃の作品という。

いま敵に向かって

一つの重機がはげしく火を噴いている

……

 この別れのシーンと、敵との戦闘場面。

菖蒲の花がゆれていた

重い時間の中に

 と、二つの時間の間を流れる意味が、読むものに迫ってくる。人の生と死の。

 最初にふれたように、この詩は嵯峨さんの初期詩篇の一つだが、既に、詩人としての成熟を見事に示していると思う。

  重機が急に沈黙した

  立ちあがった兵の姿が前のめりに消えていった

という、おそろしく無愛想なこの二行には作者の深い悲しみがこめられている。

 と吉野弘は書いています。

    「旅の小さな仏たち」

……

……

指の腹と腹 掌と掌とをぴったりくっつけて両手を閉じる

そのなかに何を包むか

旅の小さな仏たち

 

その群れにまじってたち去って行くおまえに

ただ一度のさようならを云う

さようならと

  ぼくは、この吉野弘の嵯峨信之を紹介するエッセイと、ネットの数篇を読んで、すごく興味を覚えました。

 嵯峨は「詩的イメージ」を描く詩人だと思うんです。その詩的なシーンに深い何重もの意味がこめられている、そんな静かな絵を描く詩人だと思う。現実に寄り添うような詩ではないが、高度なイメージの世界を作る……

 詩集を読んでみたいと思いました。詩を、どう書いているのかを、知りたいのです。

 

…………………………………………………………………………………………………………………………………

 【まど・みちおの詩】━━━「物の声」を描く

 吉野弘まど・みちおの詩をとりあげています。

      「にじ」

にじ

にじ

にじ

 

ママ

あの ちょうど したに

すわって

あかちゃんに

おっぱい あげて 

  •  〈あの ちょうど したに/すわって〉というところが、この詩の生命だ。
  • この母子は、空の下にいる、と思いたい。田圃の畦などに腰を下ろした母親が、日灼けのした、はちきれそうなおっぱいを赤ん坊に含ませた、ちょうどその時、虹がかかったのであろう。そして、それまで赤ん坊のお守りをしていた小さな姉が、その虹を見て、一瞬思ったのだ。あの虹の真下でお乳をのませてほしいと。

 吉野弘にこのように想像させる詩の力はすごいものです。

 

     「イナゴ」

……

……

ああ 強い生きものと

よわい生きもののあいだを

川のように流れる

イネのにおい!

 

      「ほどうきょう」

……

……

できるだけ地球をとおく

よけて あるかなくてはと 

……

 

 そして吉野弘はこういいます。

「まどさんの詩は、物の声だと私はあえて言うことができる。物の語る声に道をあける。そこにまどさんの詩の普遍性が宿る。うわごとのような意見の押しつけは、どこにもない」

 

 詩は説明しなくてもわかるものなのでしょう。

 その詩的イメージで、読む人を納得させられる。それが詩作法としてある、と思います。

 

 

 また、16日に。

 吉野弘の他の詩作の本も、続けてよみます。