読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

吉野弘「現代詩入門」を読む 1

 おはようございます。

 難しい文章を読んでいたので頭が痛くなりました。抽象的な概念を巡る文章を理解するのは疲れます。

 予約していた本を図書館に取りに行ったので、

現代詩入門 新版

 

を、読むことにしました。

 吉野弘さんはこんな方です。

 この本は、30年前に書かれた文章の、新装版ですが、この解説で高橋順子さんがこういっておられます。P258。

ふとした言葉からも吉野さんは詩を書き上げました。長女が生まれたとき、生命保険の勧誘員がさっそく訪れました。「匂いが届きますから」。詩人は「生命の匂い」と「死の匂い」の矛盾の同居に苦痛を受け、鮮やかで有無をいわせぬ「初めての児に」という詩を書きました。

 吉野さんは矛盾や、居心地の悪さを感じ、それがなぜそうなのかを考え抜きます。不協和音が互いに他を包含する地平に出ることができれば、そこには深い和音がひびくことになるでしょう。

  また、いまの詩の状況に、こう警告されています。P259。

詩を書くことは、言葉で自分だけの世界を再構成することですが、あまりに自分だけですと、一人よがりに陥ってしまいます。それは一方向の力しかその中に働いていないからでしょう。読んでくれるのは同じような気分の仲間だけ、ということにもなりかねません。他の人の詩は読まないという人もいます。そのほうが新しいところに出られるという考えもありますが、何が新しいのかは周囲を見渡さなければ分かりません。

…………………………………………………………………………………………………………………………………

  前書には━━━1~20章は、高田敏子主宰詩誌「野火」に76年9月~79年11月までのあいだ連載したエッセイと書かれています。21章は「国語の教育」(70.8)、22章は「詩の本1 詩の原理」(67.10)に発表したものだということです。入門書を書くという気持はなく、この本のタイトルには違和感を覚えたようです。個人的な創作体験や鑑賞でしかないが、読者を飽かしめないことを念ずるばかりです、と書かれています。

 ふむ、けっこう古い……でも、詩の書き方の根本とか詩に対する人の態度はそんなに変わらないのじゃないか、と思います。

 …………………………………………………………………………………………………………………………………

【馬・言葉ほか】━━━詩の芽。モチーフから発想へ。

 ハングルの参考書を開いていて━━━短母音マル(馬)と長母音マール(言葉)が対応している、とわかったとき、これで詩が書けるのではないかと、ためしてみた。

韓国語で

馬のことをマルという

言葉のことをマールという

言葉は駆ける馬だった

熱い思いを伝えるための━━━。

  他の対応関係にも応用して……

韓国語で

一のことをイルという

仕事のことをイールという

一つ一つの地味な積み重ねが

仕事だ。

  この下書きが発展して

韓国語で

目のことをヌンと言い

雪のことをヌーンと言う

おそらく

天上の目が雪なのだ

          「雪国抒情」(一連)

という詩になる。

  •  語句語句をつなぐものを連想を利用して作っていく。
  • 1連から2連へとイメージをつないでいくのも、たぶん同じように。

 これは詩の構造の秘密がひとつ、わかりました。

 

以上の五例で、言葉と私とのかかわり方のようなものを述べた。しかし、いつもこんなふうにして詩をつくるわけではない。私の詩のつくり方から言えば、この例は変則的といえる。最初の「馬→言葉」は素直な感動に即して、それを追いつめていった例だが、あとの四つは、いわば言葉のゲームといったほうがふさわしい。ゲームの動機そのものは、この場合、必ずしも純粋とは言えない。そのくせ、ある言葉とのつきあいを一度始めてしまうと、だんだん深みにはまりこんでゆくのである。

と、吉野さんはいっています。

 この章はこれで。

 また、明日。