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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

かんたん、普通の詩

 今は20日の朝で、これから明日21日の「詩をかきたいブログ」の文章を書く予定だけれど、もう、日記的に、詩についてのあれこれを載せていく、書いていくということでいいのではないか、と思っています。

 すこし焼酎を飲んで酔っている。

 今朝、10時に図書館に行って来たんです。

 借りてきた本。

「詩人 高見順」「小野十三郎論」「宮沢賢治『妹トシへの詩』」

 高見順とか小野十三郎は風景を描いているから───風景を描くことってなんなのか、意味は? と思って借りた。詩のなかで、風景描写が心理を表している、ことは重要なんだけれど、作者がどうせまっているのかを、訊きたい。

 そのことはいずれブログに書くつもりです。

 

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 今朝の記事は「詩を朗読すること」

 声に出して読むことは大事だ。

 昔、明治、大正の頃、その前の江戸、平安時代も、詩は、詠むものだった。平安時代は、庶民が歌を書く習慣がなかったから、違うか。

 とにかく長い間、詩は吟ずるものだった。

 

 戦前の詩だって、みんなで歌うものだったのじゃないか。

 戦後の詩からです、詩が思考の器になって、黙読するようなものになったのは。

 まあ、いまの詩は難し過ぎて、むしろ、声に出して伝えると、うまくいかないところがある。そう思っています。

 でも、朗読が流行るというのはいいことです。

 その時間、言葉を共有できるのですから。

 

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 それで今朝から読み始める本は─── 

言葉の力を贈りたい

言葉の力を贈りたい

 

 で、ここから気に入った言葉とか引いていきたい。

 

「1 力まないコトバ 井伏鱒二辻征夫」に───

「五年ほど前、NHKの番組で辻征夫さんと対談したことがあります。その席で辻さんは『詩人は特殊な人間ではない。その辺を歩いている普通の人なんだ』と言いました。仕事を持ち、家族を持ち、社会での色んな役割を持った普通の人が、あるとき、すっきりした『ただの人間』として立って言葉を発する。それが詩なのだと言いました。だから辻さんはわかりやすいコトバだけで詩を書くのです。誰にでもわかる、誰にでも読める。このことはつまり、辻さんが『ただの人間』に向かって詩を書いているということです。『ただの人間』に向かって呼びかけているということです。辻さんは詩人であることに誇りを持ちながら、ふつうの人でいたいと思っています。詩人が特権であることが許せないのです」 

 とある。

     

葱坊主はじっこの奴あっち向き

(葱って動物だなって

とつぜんいうんですよ

       ――(略)―― 

  ふつうの、ただの、人というのは、いいです。あまり、知性的な人は付き合いにくく感じてしまうから。偏見でしょうが。

 

 詩に、知性的な言葉、概念的な、理念的な言葉を使われると、それがメタファとはいえ、具体性を欠いた空疎なものに思えて、ついていけなくなる。

 

 たぶん具体的な描写によって伝えられないものは、概念的言葉でまとめようとしてもだめなんだ、それでは伝わらない───そう思うんです。

 

 一にも二にも具体的な描写。

 それが、詩───イメージというもの、と思う。

 そう思って、風景描写をする詩人の本を借りてきたんです。

 

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  辻征夫さんは2000年に亡くなられています。合掌。

 また、明日に。