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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

「詩の作り方」を読む 5

「創造の過程と詩の要素」の章 まとめ

 

【インスピレーション】

●想像(イマジネーション)

●霊感(インスピレーション)

●啓示(イルミネーション)

 

ひらめき アイデア 発想法」の検索結果

 「私の作詩法」で黒田三郎ブレーンストーミングをとりあげました。他の発想法も役に立つのでないでしょうか。

P125

「たいていの場合、『思いつき』とか『アイデア』には、長いことあたため、たくわえ、あるいはそれを忘れているうちに、ある日突然発酵するような性質があります。詩の種も、人生に対する食い入るような観察や新しいことに対する激しい好奇心から芽ばえるかもしれません。しかし、それと同じくらい、何かを待っているしんぼうづよさのなかから生まれてくるでしょう」

 

 【イメージ】

●ひとつの言葉、単語でも、それぞれの人が思い浮かべるイメージは違う。

●その人が持っている記憶、体験からイメージが生み出されるので、それぞれ、違うものを思い浮かべる。

P130

「ことばから個人個人が『心の中に思いうかべる像』はさまざまで、視覚的なイメージという限定をしても、単に『橋』とか『椅子』とか言うだけでは、共通なイメージは浮かばないということを指摘するだけにしておきます」

 P131

「実はイメージということばで、私たちは、詩におけることばの視覚的なイメージを主として考えがちなのですが、しかし、いま世の中で使われているイメージということばは、もっと違う用法のもののようです。いまでは一般には、イメージというと、企業のイメージや商品のイメージのことではないでしょうか」

 と、イメージという内容の変化を指摘しています。P133に───

「現代では、だれでもマス・メディアを通じて事実を知ると言えます。いや、マス・メディアの製造する事実を、事実として考えると言ってもいいかもしれません。そこでは、イメージは個人が自分の過去の経験から『心の中に思いうかべる像』である、と簡単に言うわけにはゆきません」 

  ぼくたちが事実と思っていることは事実ではなく、真実だと思っていることは真実ではない、かもしれないのです。そうすると単純に、詩を書くということは難しい、となります。

「ただし、詩のことを考える場合は、こういうふうに手をひろげる行き方とは反対に、個々の具体的な詩のなかで、イメージがどんな働きをしているか、焦点をしぼって考えることが肝要だと思います」

  つまり、その詩が、確かなイメージを提出しているか、でしょう。

 

【メタフォア】

●メタファとは言葉の結合によって意味の効果を上げることですが、時が経つにつれて、新鮮さを失い、陳腐化する。

「しかし、詩の場合はもっと本質的にひとつの単語がいくつもの意味をもち、多義であることから、隠喩を考える必要があると思います。そして、イメージが同時に『比喩的表現』であるということは、詩の場合、イメージが隠喩として働くということです。仮に何かのたとえと考えてみてもいいのです。それがわかりきった何かのたとえではなく、未知な何かのたとえだとしたら、どうでしょう。

 詩におけるイメージは、過去の経験の何かをいきいきと再現するだけではありません。イメージを通して、これまで表現されなかった何物かを、読者に予感させ、リアルに感じさせるのです。生や死や愛や人生を、水の流れや風のそよぎ、旅やかりそめの宿のイメージを通じて感じさせるのです」 

 

【語感の変化】

「……ことばには、使うひとによって、色がついています。使うひとの価値評価がことばに色をつけるのです。しかし、たいていの場合、私たちはまず同じことばであるということにだまされて、同じことばを使えば同じことを言っているのだと考えがちです。語感が違うのだということになかなか気づきません。

 語感が違うのは、環境や時代や世代によるものが多いでしょう。しかし、『平和』ということばを考えると、太平洋戦争を戦った軍人も、『東洋平和のため』と言ったし、また現代では、総理大臣も共産党もみな、『平和』と言っています。ことばは同じでも、同じことを言っているとは、とても思えません。『自由』とか、『平和』とか、『民主主義』とか『生活』とか、もっとも基本的なことばというものは、『イメージをイメージする』であげたイメージと同じように、だれでも自由勝手に自明のことのうに使ってはいますが、さて、それでは何かということになると、全く何のことかわからなくなるような性質をもっています」

 

「詩をかこうとするひとにはだれでも、ことばに対する善意の信頼があると思います。しかし、善意の信頼だけではすまない問題があることは、『イメージ』や『メタフォア』で見た困難と同じです。

 こういう流動し、変化することばに、重すぎもせず、また軽すぎもしないように、ひとつの意味をになわせるのは、文脈の力です。硬直化や類型化を避けて、弾力的にことばの生命を失わないよう、心がけたいものだと言うほかはありません。『ほんと』の一語だけでも通じることもあるのです。ところが、『自由』と言っても、『平和』と言っても、『愛』と言っても、通じない場合もあるのです。しかし、それにもかかわらず、詩をかくことは、人間どうしのコミュニケーションを信じなくては、できないことです」 

 

【ことばと映像】

 ●「20歳前後のひとびとの詩や文章をよんでいて気づいたことがあります。抽象的、概念的なことばづかいが実に多いということです」と黒田三郎は書いています。

●具体的に描くことが必要です。

●映像で考え、映像でわからせる、そんな描写。

 

 以上、「創造の過程と詩の要素」の章をまとめてみました。引用が多かったのは、それだけ、心に残る言葉があったからです。詩をかくということに対する態度、心構え、考えておくことがわかった気がします。