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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

今朝、思ったこと

 お早うございます。
 じつは、昨日までの文章は、前もって予約配信していたものです。それで、風邪で寝ていた時も、めまいで横になっていた時も、配信することができていました。
「本を読んで」書いてあることを学んでいくという形でやると、配信する記事を準備しておく、ということが出来ます。
 それで、これからどうしていくか、考えています。方針を。

 同じように、本を読むことで学んだことを、載せる形でやっていくか───
 その時々に思ったことをテーマにして、エッセイ的にやっていくか───

 ふたつ道がありますが、根底は───「どうすれば(うまい)詩が書けるのか」という疑問を解き明かすことです。
 まあ、詩を書きたいなあ、というところで、ぐだぐだしているのがぼくなので……一向に歩き出さないわけですが、なんか、定義とか準備とか道具とか整えないと、踏み出せない、というのは、性格的なものなのでしょうか。計画したり、夢想したりしているのが好きなのか……

 でも、詩を書きます。
 人生も残り少ないので、自分なりの詩を。「これが書けてよかった。もう思い残すことはない」という詩を。

 しばらくは、本を読む形でやっていくのが、無難な気がします。学ぶ段階です、ぼくは。明日までに、どの本を読むか、考えます。

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 4月4日に「杉山平一さんがいわれた【詩は非日常なもの】という指摘は、とても重要に思う、と書きました。

───普通に一般に生活している人にとって、日常の悲しみとか苦痛とか、やるせなさとかが……詩を書く動機になるだろう。それを乗り越えるために、気持ちを吐き出させるために、心を落ち着つかせるために……詩が、必要になるだろう───と書きました。
 今朝、ラジオ体操をしているときに……
 そうなんだよな、毎日の暮らしの中で、口に出して言えないこと、腹の立つこと、怒りや屈辱や、悔しさなど、いろいろあるだろう、それなんだよな、その鬱屈した気持を開放したくって書くんだ、と思いました。
 口に出せないことの代わりに詩を書く。

 詩のなかではなんでもできます。自分の世界です。自分の世界を作れる。自分が登場人物の視点になって、他人を批判することもできるし、世界を作り変えることも出来る。
 その自由さ。
 開放感のために、詩を作るんだ、と思ったのです。
 自分の希みや願いを描くことが出来る、と。
 それは快感なんです。


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 自分のペースで、のんびり、寄り道しながら、詩を学んでいきます。また、明日。