日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

社会の底辺で生きてきて68歳になりました。貧困や社会保障から落ちこぼれる人のために、社会が動いてくれたらいいのですが……いつも、自己中で理不尽な強い者が勝者になるようです。〈自分を救うのは何か〉考えています。ネガティブなものも肯定する視点を持ちたい。いまはブログがあるので寂しくありません。訪問してくださる人に感謝しています。ありがとうございます。コメントをいただいた場合は相手の方のブログのコメント欄にお返事しますね。

杉山平一『現代詩入門』を読む 9

【詩は冗談あそびである】

 杉山さんは、この『詩の魅惑と陶酔の章』で、詩を観念的に定義することなく、詩人たちが書いた様々な詩を鑑賞しながら、具体的な在りようを見出していく、という手法をとっておられます。

 この項のタイトルについて説明はいらないでしょう。そのままだからです。
 言葉遊びとして楽しむ詩を取り上げておられます。


P154
「詩の頭韻、脚韻は、世界中の詩のルールのひとつであるが、これは、語呂合わせの面白さに他ならない。谷川俊太郎は多くの秀れた言葉遊び歌を作っているが……」と書き、

 あさ        ばかで
 いすの       びじんの
 うえで       ぶた

         ──(略)──
を、紹介されています。
 他にも多くの詩人の言葉を楽しむ詩を紹介されているのですが、

 佐藤一英「空海頌」
 中江俊夫「語彙集」
 阪田寛夫「いろはに つねこさん」
 木坂涼「ツッツッと」
 高見順「ガラス」





 那珂太郎さんの部分を引用します。

    うた

 さ
 さ
 さ
 さく
 さくさくさく
 さくさくら

   ──(略)──

「この、さくらの咲く裂く、くらから暗いや、くらくらというめくるめきや、からくれない、また、さくらのさから、さらさらを引き出し、散るから血を引き出して行く、手続きはまことに面白く、長谷川四郎は、これを新古今の藤原家隆の歌を思わせるといっている」