日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

底辺で生きてきて67歳になりました。そこから見える風景や、読んだ本のまとめや、検索してわかったことなどを書きます。生きることは辛いですが、何をしても生きていけると思うのです。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝しています。

杉山平一『現代詩入門』を読む 9

【詩は冗談あそびである】

 杉山さんは、この『詩の魅惑と陶酔の章』で、詩を観念的に定義することなく、詩人たちが書いた様々な詩を鑑賞しながら、具体的な在りようを見出していく、という手法をとっておられます。

 この項のタイトルについて説明はいらないでしょう。そのままだからです。
 言葉遊びとして楽しむ詩を取り上げておられます。


P154
「詩の頭韻、脚韻は、世界中の詩のルールのひとつであるが、これは、語呂合わせの面白さに他ならない。谷川俊太郎は多くの秀れた言葉遊び歌を作っているが……」と書き、

 あさ        ばかで
 いすの       びじんの
 うえで       ぶた

         ──(略)──
を、紹介されています。
 他にも多くの詩人の言葉を楽しむ詩を紹介されているのですが、

 佐藤一英「空海頌」
 中江俊夫「語彙集」
 阪田寛夫「いろはに つねこさん」
 木坂涼「ツッツッと」
 高見順「ガラス」





 那珂太郎さんの部分を引用します。

    うた

 さ
 さ
 さ
 さく
 さくさくさく
 さくさくら

   ──(略)──

「この、さくらの咲く裂く、くらから暗いや、くらくらというめくるめきや、からくれない、また、さくらのさから、さらさらを引き出し、散るから血を引き出して行く、手続きはまことに面白く、長谷川四郎は、これを新古今の藤原家隆の歌を思わせるといっている」