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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

杉山平一『現代詩入門』を読む 8

【詩はナゾかけ遊びである】

 この言葉に、杉山さんの難解な詩に対する態度が表れている気がするのです。
 難解だからといって拒否しないで、おおらかに謎を楽しむ、という──

P153 終わりにいわれている──
「日常の言語伝達を魅力あるものにする一種の言葉のおしゃれが、詩である。直接そのままいう野暮の反対である。さきに述べた『いい替え』も『比喩』も、ひとつの謎かけに他ならない。
 詩の意味のわからなさも、それをもてあそんでは危険であるが、それが魅力にもなっている」

 ぼくは、知的難解さで書かれた詩は、自分のコンプレックスもあって嫌いですが、杉山さんは、それも魅力だ、というのです。そこに言葉を楽しむ詩人としての志を感じます。


P137
「日常世界というのは常識世界で、親しく理解できる世界である。ところが、この日常を超え、あるいは離れ、否定することによって詩が成り立つとすれば、それは、理解し難い、判りにくい世界になる。『この詩は解るから駄目だ』という批評の仕方をする人もいる位である」


──不思議なもの。奇怪なもの。謎。

「とし若くして世を去った立原道造は、デリケートな詩を多く書いたが、その詩は『どこへ』『だれ』『なぜ』などの問にみちて書かれている」

     夏の弔い

 おぼえていたら! 私はもう一度かえりたい
 どこか? あの場所へ (あの記憶がある
 私が待ち それを しづかに諦めた──)


     旅人の夜の歌

 私はなぜ歩いて行くのだろう
 私はもう捨てたのに 私を包む寝床も

       ──(略)──

     真冬の夜の雨に

 あれらはどこに行ってしまったのか?
 なんにも持っていなかったのに
    ──(略)──

     何処へ

 星すらが すでに光らない深い淵を
 鳥は旅立つ──(耳をそばだてた私の魂は答えのない問いだ)──どこへ


     さびしき野辺

 いま だれかが とおく
 私の名を 呼んでいる……ああ しかし
 私は答えない おまえ だれでもないひとに






 詩がなぜ難解になるのでしょうか? それはこの世界が謎に満ちているからなのでしょう。
 詩人は、それを解き明かそうとする──というと格好よすぎでしょうか(笑)

 飯島耕一「他人の空」から引用された詩。

      探す

 おまえの探している場所に
 僕はいないだろう
 僕の探している場所に
 おまえはいないだろう

 この広い空間で
 まちがいなく出会うためには
 一つしか途はない
 その途についてすでにおまえは考えはじめている





 杉山さんは「謎かけは、語りかけのうちで最も相手の反応をそそる。それだけ相手をひきつけ、喜ばせるものである」(P153)といって、「この謎かけの最も純粋なかたちが詩であるといってよい」(P145)とまで、いいます。その謎かけが詩になっている例として───

 ジャン・コクトオ「耳」「アレゴリー
 竹中郁スエズ以東」「算術A」
 田中克己「偶得」
 小野十三郎「雀」
 関根弘「絵の宿題」

 
を、あげています。

 詩の面白さを少しわかった気がします。