日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

社会の底辺で生きて来て67歳になってしまいました。そこから見える風景や、読んだ本の感想や、ネット検索でわかったことなどを書きます。生きることは辛いこともありますが、何をしても生きて行ける。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝します。

杉山平一『現代詩入門』を読む 3

【詩は吃驚させるものである】
P53──
「芸術の基本は、人をアッと驚かすものである。新しい発見、新しい見方、意外な意見、そういうものが、創造であり創作である」

 詩の技法はそのことのためにあるということです。


P54──
「ただ吃驚させればいいというものではもちろんない。黒いシルク・ハットから、白い鳩が飛び出すのでは、ただの手品である。サルバドール・ダリの絵に、食卓のスープ皿の中に、ハイヒールが一個入っているのがある。これも面白いが、その意外の結びつきに一つの必然がない。ただ驚かすためのでたらめの結びつきという感じがする」

と、過剰にテクニックに走るのを批判しています。

 そして茨木のり子の「木の実」という詩を引いて──

 高い梢に
 青い大きな果実がひとつ
 現地の若者は するすると登り
 手を伸ばそうとして転り落ちた
 木の実と見えたのは
 苔むした一個の髑髏である

        ──(略)──      
「この出会いはショックだが出鱈目ではない。意外の出会いの、あるべくしてある必然の紐がそこにはある。つねにそこにはばったり出会う邂逅の感激、おどろきがなければならない」
と、驚きや発見には必然性がなければならないといっておられます。


 そして西脇順三郎の詩論にも言及されている。必ずしも批判的に捉えていない。そこが杉山平一さんのいいところのような気がします。


 明日は杉山平一さんの詩論「詩はモンタージュである」の項です。