日の記し ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。☆彡 ・☆

社会の底辺で生きてきて68歳になりました。貧困や社会保障から落ちこぼれる人のために、社会が動いてくれたらいいのですが……いつも、自己中で理不尽な強い者が勝者になるようです。〈自分を救うのは何か〉考えています。ネガティブなものも肯定する視点を持ちたい。いまはブログがあるので寂しくありません。訪問してくださる人に感謝しています。ありがとうございます。コメントをいただいた場合は相手の方のブログのコメント欄にお返事しますね。

難解詩について思うこと

 昨日は「難解詩」について書くつもりだった。

 ずっと台湾立法院を学生たちが占拠の、ニコニコ動画の中継を見ていて、書けなかった。


………………     …………  ………………     …………

 いえ、ぼくの難解詩に対する考えなんかは、ほとんど意味がないし……

 『難解詩』の検索結果を見ていただけるほうが有意義でしょう。

………………     …………  ………………     …………

 ぼくは、いかにも「お前たちにはわからないだろうが、俺は深いところまで考えている知的な人間なんだ」的に、露骨に、知的な言葉で表現している詩、を作る詩人は嫌いです。詩はまだ許せるかもしれないけれど、作者が嫌い。

 偏見かもしれません。

 自分が知的階級ではないからか。

 いうと、現代詩と呼ばれるものを作ってきた思潮社の一部の詩人たちですが。現代詩文庫のなかの難解詩と呼ばれる部分。


………………     …………  ………………     …………

 なんか、どれだけ知的に分析しても、どれだけ感情移入しても、「ぼくらが見ている現実」なんて、変わらない気がする。

 それぞれの立場で、それぞれの意見や、分析や、感情や、思いや、事実や、過去やがあるように、現実に対して、解釈の違いが表れただけのような気がする。
 もちろん、それが大事なのだが。


 人、それぞれ、好みの詩、がある。好きな傾向がある。

 それぞれが、それぞれでいい、ような気がする。

 言葉の用い方、利用の仕方なんだろう。