おはようございます。
梅雨前線が日本の上に停滞して大雨を降らせています。東北から九州まで今日、明日、明後日は雨が降り続くようです。災害が起こりませんように……。ご無事をお祈りします。
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ミラレパという名前をお聞きになったことがあるでしょうか? チベットの聖者の名前です。
ぼくが初めてそれを知ったのは、18歳で放浪しているときでした。知り合ったヒッピーの人が教えてくれたのです。
1968年のことで、アメリカではウッドストックフェスティバルがあり、世界的にヒッピーという生き方が流行っていました。日本にも和製のヒッピーがいたんです。
長野県の富士見町というところに手作りの小屋があり、集団で自然な生活を目指していました。そこに行ったのです。小さなトウモロコシ畑がありました。交代で近所の農家の手伝いに行って野菜をもらって生活していたようです。
ヨガとか仏教の修行のまねごとをしていました。瞑想とかです。
そこで般若心経を教えてもらったし、ミラレパという聖者の名前も教えてもらったんです。クリシュナ協会の冊子もありました。
仏教の本を読んでいるうちに、ミラレパのことを思い出したのです。それで調べてみたくなりました。図書館から借りてきた本がこれです。

チベットのロックスター──仏教聖者ミラレーパ 魂の声 (ブックレット《アジアを学ぼう》)
- 作者: 渡邊温子
- 出版社/メーカー: 風響社
- 発売日: 2015/10/30
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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目次
はじめに
悪縁を順縁へ
- 悪縁としての母
- 仏教の道へ
- 隠遁生活
ミラレーパの仏教思想
- 苦しみを糧とする
- 無の現れ
- 衆生利益の意味
現代を生きるミラレーパ
- ミラレーパの仮面舞踏
- 様々なミラレーパの行事
- 消えゆくチベット文化
おわりに
あとがき
ミラレパは1052年生まれです。偶然、日本では「末法の時代に入る」と騒がれていた「末法元年(永承7)」でした。
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彼は出家も結婚もしなかったため、僧院にも家庭にも、どこか一ヶ所に定住することはついになかった。財産を一切持たずに托鉢を行いながら各地を遊行して、洞窟で瞑想修行に明け暮れた。戒律は受けていないため比丘ではないが、日本で言うところの乞食坊主のような生活を送った。そして修行の結果として、大いなる悟りを得たと言われる。(P5)
の解説で、生涯がわかります。
- 叔父、叔母に復讐するために黒魔術を用いたこと。
- 反省して仏教を学んだこと。
- 師のマルパの虐待に耐え、密教の教えを授かったこと。
当時は仏教も、占いや魔術、病気治しのためのものでした。民衆においてはそれが願望だからです。
無の現れ
……ミラレーパは「すべての衆生は父であり母である」と述べている。いずれにせよ、全ての生き物、一切衆生は自分にとっての恩人である。そして、それはたとえ自分を害そうとしている相手であってでもある。だからこそその恩に報いるために、ミラレーパは自分の身体を鬼神たちに施そうと考えた。そして、鬼神たちに対してうたった歌の中で、
「そもそも一切は心の変化である
ああ、三界を輪廻する法が
無でありながら現れるとは、なんと不可思議なことか」
とうたった。(P24)
ここでは他にもミラレパが歌った言葉が載っているのですが、それは詩の形をとって、自身の仏教の思想を表現しているのです。
このパンフレットのような小さな冊子は、こんな言葉で終わります。
ミラレパは食事をとる時間も惜しんで修行に励みました。
そんな修行馬鹿ともいえるミラレーパは、瞑想修行の中で得た体験的な理解を歌にしてうたった。その歌は深い意味を含んできながらも、平易な言葉でうたわれており、聞く人々の心に響いた。そしてそれらの歌は現代まで読み、歌い、演じ継がれており、今なお人々の心を揺さぶり続けている。チベットのロックスターミラレーパは死してなお、多くのファンを虜にし続けているのである。(P44)
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人間ってひとりでは生きていけない。どこかで社会と関わっている。
ミラレパのように〈悟ったり〉〈聖人となる〉ことでも社会に帰ってくる。他人のために尽くすところに戻ってくる。
じつは先程、ニートの人たちの集まって共同生活を送っているドキュメンタリーを見ていました。動画に写る人たちは自由に生きているようにみえるのですが、「いずれ社会に帰らなければならない」と考えていました……人はひとりでは生きていけないのが真理なのでしょう。どこかで社会を意識している。ニートも日雇いも自由ではないのです。
どこにいても社会はついてまわる。人の心の中に社会とか世間がある。
でも、人はそれぞれです。自分のペースで生きていくことが重要だと思うのです。
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ミラレパとか、ずっと昔の人の話じゃないかといわれると、そうだと思います。
でも、ブッダと同じように〈真の生き方〉を求めた人だと思うのです。
そういうことはいつの時代にもある。人は〈聖なる生き方〉に憧れてきた。そんな人の思いは絶えることがない。
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先日、予約した本と仏教の棚で探した本5冊借りて来ました。2冊は旅行記の体裁でミラレパのことを語ったものです。来週から読んでいきます。
『風の記憶』(真兼綾子 春秋社2007)
『ミラレパの足跡』(伊藤健司 地湧社2000)
『チベットの偉大なヨギ ミラレパ』(おおえまさのり めるくまーる社1980)
『禅がわかる本』(ひろさちや 新潮社1996)
『十牛図・自己発見の旅』(横山紘一 春秋社1991)
検索で出てきたサイトたち
聖者の生涯 「ミラレパ」 - ヨーガスクール・カイラス blog
チベットの聖者ミラレパ (その2) - 「霊感オーラリーディング」ができるからってやっぱり偉くない。
など、スピリチュアル系が多いようです。
宗教はその国の風土と結びついていると思います。チベット仏教はチベットの風土、宗教観に基づいたものでしょう。そういうことを知ってみたい。
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「座る」
岩の上に
座る
頭の天辺から
尻の穴までを
一直線に
背骨を
まっすぐに
草の匂いに
囲まれて
静かに
目を閉じると
体は
地球に斜めに
刺さり
一つの石が
太陽の周りを
回り続ける
イメージが
浮かんで
消えて
はげしい
水の音に
包まれていることに
気づく
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読んでいただいてありがとうございました。
誰もが穏やかで、幸せでありますように。