日の記し   ★ヾ(´・ω・`)ノ.: 。・☆彡 ・☆

底辺で生きてきて67歳になりました。そこから見える風景や、読んだ本のまとめや、検索してわかったことなどを書きます。生きることは辛いですが、何をしても生きていけると思うのです。仏教を生きる支えにしているので、そのことも書きたいです。リンクを貼らせていただくサイトの方々に感謝しています。

『「日本スゴイ」のディストピア』 / 「谷川で」

 おはようございます。

 朝は5時前に起きて、石鹸で体を洗います。そうするとさっぱりします。目も覚めます。

 ちゃんと寝られる場所があるのはいいことだなと、感謝しています。

 同じことの繰り返しのような気がするけれど、少しずつ変わって行っているのです。

 

  

 

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  この本を読みましたので、感想を書きます。

「日本スゴイ」のディストピア: 戦時下自画自賛の系譜

「日本スゴイ」のディストピア: 戦時下自画自賛の系譜

 

 

 この本は戦前の〈日本精神主義〉をリベラルの視点から批判したものです。

 著者は「ディストピア好きが高じて20世紀の各種プロパガンダ資料蒐集」されているそうです。

早川タダノリ - Wikipedia

 

「あとがき」にある、

 しかし、2006年に第一次安倍内閣が発足し、「美しい国・日本」を政策的シンボルとするようになり、官民あげて「クール・ジャパン」などとうわ言を繰り返すようになったころから、明らかに風向きが変わった。端的に表現すれば、これまでは「日本にこんなスゴイものがある」だったアプローチが、「こんなスゴイものがある日本はスゴイ」という語り口へと変化したのである。個々のすごい事物が、自国の、あるいは自民族の優越性を喚起するネタとして位置づけられ始めたのだ。(P194)

 と、著者は指摘しているのですが……ちょっと思い込みも入っているのでは、と思われるのです。

 

 たしかにこの本に取り上げられているような戦前の、〈日本精神〉の美化とか、上から押しつけてくる観念的なものは嫌なものです。

 それはスローガンであったり、偏狭な思想であったりしますからその指摘はいいのですが、戦前をすべて否定するのはどうなんでしょう。そういう政策が出てくる理由もあったわけで……その辺を考察してほしかった気がします。

 

 

目次です。

1章 「日本主義」大ブーム到来

2章 「よい日本人」のディストピア

3章 礼儀正しい日本人――国民礼法の時代

4章 よく働く日本人――勤労哲学の教化と錬成

5章 神がかり日本に敗戦はない

 

「はじめに」にこう書かれています。

 本書では、1925年ごろから45年(昭和のはじめから昭和20年)までに刊行された当時の「日本スゴイ」本から、「日本主義」「礼儀」「勤労」など、現代の「日本スゴイ」本にもあふれるキーワードごとにチョイスし、玩味し鑑賞したものである。もちろんこれらは「日本文化論」の範疇にも入るものだが、和辻哲郎九鬼周造、また谷崎潤一郎などの古典的名著の類いはすべて割愛し、歴史のゴミ箱に捨て置かれたようなクダラナイ本、知っていても役に立たない本、人類の運命にとってはどうでもいい本を厳選して収集した。(P13)

 

 

 それで1章から5章までテーマ別に〈歴史のゴミ箱に捨て置かれた〉本を読むことになるのですが、それだからこそ当時の世相がよくわかるのです。

 ひとつひとつの本について著者は、解説して、引用したりして、その発想を揶揄し、批判し、茶化したり嘲笑したりしているのですが、リベラルの思想を持っている人には快感かもしれませんが、ちょっとね……どうしても、十把一絡げに戦前の日本を〈全否定〉し、上から目線で非難しているだけに見えます。

 

『第1章「日本主義」大ブーム到来』において取り上げられた本やパンフレットの題名を並べてみます。 

「日の出」編集部「世界に輝く日本の偉さはこゝだ」

 『日本主義宣言』

 『日本人の偉さの研究』

 『日本精神とお墓』

 大阪毎日新聞社編「日本精神に還れ」

 『天才帝国日本の飛騰』

 『日本精神の実現』

 『日本精神の哲学』

 『真日本主義国民改造と道義大亜建設』

 『日本主義労働運動の真髄』

 

 

「日本主義」という観念的で抽象化された目標に向けて、プロパガンダのために書かれている、というのが伝わってきます。日中戦争が全面化して、国家総動員法が作られた時代です。やはり、それは、著者のいうようにひとつの思想や風潮に流れていくディストピアの時代なのでしょう。

 

 

  2章の「教育」や3章の「礼儀」というテーマでは、具体的な生活の場にまでプロパガンダや洗脳が影響を与えているのがわかります。

 こういうふうに日常にまで、指示や命令が徹底すると、暮らしは息苦しくなる。

 こういうことが庶民の日常で行われていた。

 P73では国民学校の体育の検定として「手榴弾投げ」が行われていることが作文になっています。

 

 

 ぼくらがこの本を笑いながら読んで、わかることは、戦前はこういうことが当たり前に行われていた……普段の生活のなかで……ということです。そして疑問に思うことが禁じられていた。

 これらのトンデモ指導本は、極端で受け入れがたいものだったとしても、それでも〈日本主義という未来を指し示すもの〉として受け取れられたのかもしれません。

 ひとつの思想とか、考え方が巾をきかすと、それだけしか見えなくなってしまうということなのでしょう。

 

 

          *               * 

 

 

 現在の視点で、戦前の軍国主義を批判したり、笑い飛ばすのは簡単だと思うのです……

 これら戦前に行われていた具体的なことを丁寧に振り返り、そこから教訓を見つけ出さないと、否定するだけでは意味がないような気がします。

 

  

 いまの「日本スゴイ」ブームのようなものは、たしかに戦前の日本主義と似ているといわれれば、そんなものかと思ったりしますが、ちゃんと一致している、そうだとまで言い切れないのでは……戦前に回帰しているわけでもないでしょう。

 

 

 著者は「はじめに」で、

 二十一世紀に入って以来、「世界が尊敬する日本人」「本当はスゴイ日本」などと訴えるおびただしい数の「日本スゴイ」本が刊行されている。

と、いい、

『日本人だけが知らない世界から絶賛される日本人』(黄文雄徳間書店2011年)

『日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか』黄文雄徳間書店2011年)

『日本人はいつ日本が好きになったのか』(竹田恒泰PHP研究所2013年)

『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』竹田恒泰PHP研究所2011年)

という4冊の本をあげています。

 しかも「日本スゴイ」と自画自賛するだけならまだしも、「笑えるほどたちが悪い韓国」といった嫌韓・嫌中の罵詈雑言とワンセットになっているのだから、他者を貶めることではじめて自己の優位性を確認するという寒々とした精神の産物が、現在大量に出版されているのである。

と書いています。

日本スゴイ」と主張する本がそんなに多いのでしょうか? 

 そして、それはほんとうに、他国を貶めることとセットになっている流行なのでしょうか?

 

 また「あとがき」で、

「最近のテレビ番組では、外国人を起用して〈日本スゴイ〉を語らせるパターンが多い」と書かれています……

 ぼくはテレビを見ないのでわからないですが、そんなに「日本はすごいんだ」という番組が多いのでしょうか。

 それってメディアが保守的な偏向をしているということ?

 ぼくはテレビ局は極端にリベラルよりの報道やバラエティ番組が多いのではないかと思っているので、著者と真逆の感想を持っていることになります。 

 

 森友、加計問題を連日流しつづけて政権批判を繰り返し、内閣支持率を下げさせた一部のリベラルな新聞や、テレビの放送局の力はすごいものがあると、思っているのです。

 

 

 

           *               * 

 

 

 この本は戦前のトンデモ本を取り上げて、「日本はスゴイ」感覚を批判し、風刺したりしています。

 戦前は皇国史観軍国主義もあり、庶民の生活も息苦しかったと思います。だから、それを批判するのは間違いではないと思うのです。だからといって、批判のために極端な部分ばかりを取り上げてもしかたないと思うのです。

 

 ある考え方を、違う考え方で否定するなら、それは観念だけの世界に過ぎません。そこからは〈具体的にどうすればいい世界になるのか〉という方向性は出てこない、と思います。

 他人を批判することで、自分にも反省する点が見つかり、お互いに妥協できる方法や共同できる視点を探すようなところまでいかないと、一緒に暮らせないですよね……

 他者と暮らすことは夫婦生活に似ています。同じところに住んで、同じように暮らしているんですから。

 思想とか人の考え方を、〈第一〉であるとか〈基本〉なのだと思えません。それよりも大事なのは、仲良く生きることで、それが人の智慧というものです。

 友愛思想を標榜しながら、他人を否定的に取り扱うなら、「なんだかなあ」と思うのです。

 一方的に嘲笑するだけの批判では、リベラルの側の「自分は正しい」「俺の言う通りにしろ」というところで、意固地に凝り固まるだけではないかと思ったのです。

 

 

 この本を読んで、「もっと庶民の歴史を学ばないと……いけない」と思いました。

 

 

          *               * 

 

 

 来週から、このブログの発行を、月、木曜の週2回にしたいと思います。

 ギターの練習もしなければならないし……もう3年以上ブログを書いているので、同じことの繰り返しというか、伝えたいことはもう書いた、という気持ちもするのです……

 ぼくの望みは、ベーシック・インカムを早く導入してほしいことだけです。

 

 ずっと底辺で生きてきたので、世の中を見る視点も狭いだろうし……そう思っているので……読んでくださる人にも負担をかけてしまうと思うのです。

 本も読んではいるのですが、左目がぼやけてきて、あまり読めなくなりました。それで16日に眼科に行き検査してもらいましたが、悪性ではないようなのでホッとしています。

 週2回ぐらいの発行が、このブログには適当だろうと思うのです。よろしくお願い致します。m(_ _)m

 

 

 

 

  ……     ……     ……     ……     ……     

 

 

 

 

   「谷川で」

 

岩と岩の

あいだに

体を入れる

しびれるほど

冷たい

谷川の水を

浴びると

全身の

力は抜け

ほおっと

息が出る

背中や

尻や

性器を

氷の渦が叩き

ぼくを

揺すって

酔わせてしまう

岩につかまり

目を閉じると

自分は

翻弄される

一本の

流木なのだ

木もなく

岩もない

終わりの

場所まで

流されてゆく

 

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。m(_ _)m

 誰もが穏やかで、幸せでありますように。

 良い週末をお過ごしください。

 また来週の月曜日に。