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  66歳 日の記し /          ☆。(´・ω・`)/ 。゜★・ ☆彡

社会の底辺で生きて来て55歳で世間と断絶を決心してから独りです。寂しいのでブログを始めました。思うことなどを書きます……仏教を生きる指針にしているのでそれも。リンクを貼らせていただくサイトの方には感謝しています。m(_ _)m

現実より観念や思想を優先するルイセンコ病  / 「冬の池」

 

 おはようございます。

 昨日の午後からの雨で駐車場は濡れていますが、いまは降っていないようです。そらは雲がありますが、晴れています。まだ暗いですが青いのがわかります。月曜日で、週の始まりです。

 

 

          *                 * 

 

 ぼくは最近、こう思うことが多いのです。 

いま、ここにある現実がすべてです。

自分が行動できて、影響が与えられる範囲が自分の世界です。

自分が今いるところが、自分を表しています。

 

 

          *                 * 

 

 ぼくはずっと前から、現実より観念を優先するのは何か違うと考えてきました。

 自分の頭のなかの理論とか理想とか願望を絶対的なものにすると、目の前の現実が見えなくなります。先入観で物事を見てしまう。

 自分が正しいと思いたいために、現実のほうに理論とか願望を当てはめる。現実を、自分の観念で脚色してしまうのです。頭のなかで作られた都合の良い現実しか見えなくなる。 

〈事実はどうなのか〉

〈この現実にどのような意味があるのか〉

 と考えるのではなく、現実のほうを自分の頭にある理論や観念に当てはめて、現に起こっていることを解釈したり、分析してしまう。

 

 だれだって現実の前ではいろいろ考えるでしょう。

 迷って出した「こういうものでないか」というのが、頭のなかに観念的なイメージとして残ります。それをすっきり解釈できるのが〈理論〉とか〈哲学〉です。それは便利な知識です。それで現実をまとめてしまう。

 すべての人が簡単にすっきりと現実をまとめたいと思う。そういう欲望を持っている。

 

 その極端な例が、共産主義を信奉して政治活動している人やリベラルと呼ばれる人たちの言動に表れています。彼らは現実を考えるより前に答えを出してしまっているのです。

〈自分たちは絶対に正しい〉と信じているが故に、間違っていても、それを直視しようとしません。理論や思想のほうが正しい、と考えるからです。

 

「現実を見ようよ」と言いたいです。事実がどうなのかを考えよう。

 あなたたちが理想的なことをスローガンに叫んでも、大衆がついて来ていますか? 多くの人が支持しますか? それが現実ではないのですか。

 支持されないのはなぜか、を考えて、自分たちの行動が間違いでないかを反省してみたほうがいいと思うのです。 

 民主主義の国では、多くの人に支持されることが正しい方向です。

 思想や理論が描く理想だけでは共感を呼ばない。庶民は「現実にどうなのか」を考えるからです。

 

 

          *                 * 

 

 武田邦彦先生は、こういう観念を現実に優先させることを「ルイセンコ病」とおっしゃっています。これはソビエト連邦時代にルイセンコという男が現実を無視して悲惨を招いたことから来ています。

  

 ルイセンコとはこんな人物です。

トロフィム・ルイセンコ - Wikipedia

 

 こちらの方が、おもしろく読めます。 

トロフィム・ルイセンコ - アンサイクロペディア

 

 一人でただ思っているだけなら、誰にも迷惑をかけないからいいのですが、この男は間違った非科学的な学説で権力の座につき、その結果、多くの人が粛清され、シベリアに送られ殺されました。

 怖ろしいことです。

 科学的ではないことを絶対視すると、悲惨なことになるという事例です。

 

 

 

 

  この動画は武田先生が、医療の〈ルイセンコ病〉について語られたものです。

 

           *                 * 

 

 

 言っておられるように〈観念とか理論を作り出すこと〉と〈現実を科学的に捉えること〉とはまったく別のものです。

 

 正しさを求めるなら、常に現実に立ち返らなければなりません。

「現実にどうなのか」

「こうすると、どういう結果になるのか」 

 そういう実証的に科学的に見る視点が必要です。そこから現実的な思想や理論が生まれてきます。思想や哲学が先ではないのです。

 

 自分が正しいと思い込むと、頭の中の観念や思想を優先してしまいます。  

 観念や思想を絶対視する人は、たぶん、それを脅しの道具にして、他人を打ち負かして支配したいだけだと思うのです。権力を握って傍若無人に振る舞いたい欲望の持ち主なのだと思います。そういう人には〈真実〉はどうでもいいのです。

 理想や思想は大事ですが、現実に役に立つ限りにおいて、です。思想よりも〈その人が何をしているか〉が大事だし、その人が言うことよりも〈その人の行動がどういう結果を導くか〉です。

 思想や言うことより、その人の行動がその人を表しています。

 

 

 抽象的な文章を、最後まで読んでくださって、ありがとうございました。m(_ _)m

 

 

 

 

 

  ……             ……              ……

 

 

   「冬の池」

 

池の半分は氷が張り

その表面に

白樺の木が

何本も

なめらかに

映っている

葉を落とした枝は

世界の声を

集めるアンテナのようだ

不思議な場所に

来たみたいに

胸の奥が熱くなる

霞んでいる水の

表面は鏡で

裏側が見える形に

透き通って

輝いている

見ている

ぼくも

柔らかく

溶けて

風景のなかにいる

 

 

  

 

 

 

………………     ………………     ………………     …………………

 

 読んでいただいて、ありがとうございました。

 誰もが、穏やかで平和でありますように。